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グローバル化と未曾有の不況のなか、働く現場で何が起きているか。
元気を失いかけた組織を復活するヒントは何か。 富士ゼロックスのリサーチ・コンサルティング集団“KDI(Knowledge Dynamics Initiative)”とお客様企業の活動を紹介する。
将来への不安を訴える声が企業にも社会にもあふれている。グローバル化と株主資本主義のもと、企業の経営が短期的な業績や財務を重視し、組織の軽量化と柔軟化を進めるなかで、働き手の孤立と格差はますます深まり、自分が「不要とされる」ことへの不安を抱えながら、他との関係性が見えなくなった「仕事」に誰もが組み込まれていく。
これは社会学者リチャード・セネット氏※が近著『不安な経済/漂流する個人─新しい資本主義の労働・消費文化』(森田典正訳、大月書店、2008年)で説く企業の平均的な状況である。同著のなかでセネット氏は、企業の経営が構造変化した結果、組織への帰属心の低下、インフォーマルな相互信頼の消滅、制度運用ノウハウの弱体化といった損失が企業には生まれていると結論付ける。インフォーマルな相互信頼、すなわち互いの考え方や行動様式を承知し合っていなければ、それは「表面的な机上の組織」にすぎず、「冷たく不透明な人間の集まり」にしかならないと指摘する。
誰もが安心感と希望をもってワクワクと働ける状況は、企業と社会の持続可能性にとって不可欠な条件である。富士ゼロックスには、人間が本来持つ知識創造能力の最大化を通じて日本企業の復活を図ろうと夢を追いかけている部署がある。グローバルサービス営業本部Knowledge DynamicsInitiative、通称“KDI”である。KDIのオフィスには、事務机も、厳格な職制もない。人々が生き生きと働くことのできる社会を目指して、メンバー全員が知識創造を実践する社会起業家集団なのである。
KDIの起案者である木川田一榮(現大阪大学教授)は、「きたるべき知識社会に向けて、21世紀の経営のパラダイムを変える大きな仕掛けが必要である。企業が社会の健全なインフラとなり、誰もが面白く仕事ができ、幸せを実感できる社会を作らなければならない。その牽引役となる実践集団をつくって、日本の社会をハッピーにしたい」と経営者を口説いた。その基本コンセプトは、「活力ある個」と「ダイナミックな場」の実現にある。KDIシニアマネジャーの野村恭彦は、この基本コンセプトを次のように説明する。「この約10年間、部分最適と分かっていても効果がすぐに現れる施策や成果を優先する経営スタイルが広がりました。そのため、多くの従業員がルーチン業務の洪水に埋没し、仕事の革新である『知識創造』に取り組めなくなってしまいました。それが組織を不活性にしている原因の一つであるとKDIでは考えています。従業員全員が変化し続ける社会環境やビジネス環境に対する感受性や柔軟性を高めて新たな価値を構想したり、組織の壁を乗り越えてお互いに知恵の活用を図ったりすれば、『仕事を通じて想いを共有する喜び』が内部にあふれて組織はほぼ間違いなく活性化します」。
従業員と組織が元気になるためにどのような「仕掛け」が効果的だろうか。KDIが2005年から東京海上日動システムズ株式会社と一緒に進めている事例を紹介したい。
同社は、東京海上グループのシステム開発・運用・保守を事業内容として、2004年に3社が合併して誕生した。当時の進藤丈介社長(現かんぽ生命代表執行役会長)は、業務統合で疲弊した従業員の元気を取り戻し、ITを活用した保険ビジネスを親会社であり主要なお客様でもある東京海上日動火災保険株式会社に提案できる会社になりたい、と考えた。その推進役を自らかってでた岩井秀樹氏(生保ソリューション本部長兼あんしん生命ソリューションサービス2部長)は、「知識創造で人の可能性を引き出す」というKDI初代責任者の木川田の考えをヒントに、ワークスタイル委員会の設置を経営に進言した。
ワークスタイル委員会は、2005年3月、KDI のツールを活用して組織風土や働き方の現状調査に着手した。「技術やユーザーへの関心が低い」、「内向き指向の社員が多い」等々の散々たる結果に、経営幹部は「相当まずい」(岩井氏)と危機感を覚えた。同年7月、委員会のメンバーが東京海上日動火災保険のさまざまな現場に足を運び、そこで見聞きしたお客様の働き方と自分たちの仕事との関係を徹底的に整理した。12月からはオフサイトミーティングで取り組むべき課題を本音で語り合った。
2007年から社長を引き継いだ横塚裕志氏は趣味や勉強のコミュニティを従業員に奨励し、会社も活動の登録・紹介や施設の貸与等の面で援助した。例えば、ソフトウエア開発体制の国際化が進むなか、教員資格をもつ20歳代の女性従業員が手を挙げて英会話のコミュニティが始まった。役員と従業員とが肩を並べて集うスポーツ観戦やラーメン食べ歩きのコミュニティも誕生した。子育ての楽しみや悩みを話し合うコミュニティは、従業員の家族や子供をオフィスに招待する職場見学会を始めた。
横塚社長は語る。「お客様の要望に応えるという観点では、縦割りの部署でつくる組織はすでに破綻していると思います。お客様の期待を超えるパフォーマンスを生み出す企業となるには、仕事と私生活の中間をどう強くするかが当社の課題です。それには会社以外の価値観を持ち込み、本音ベースのつながりを強化することが重要と考えました」。仕事の肩書きから解放された人間関係が増えることによって、一人ひとりの人間的な内面が理解され、会社の空気もゆっくり変化した。会議での発言も「何々部の意見」ではなく「誰々さんの考え」に変わった。従業員の多くが「自分は使い捨てでない」と感じるようになったとき、仕事上の課題は「チャンス」に、ライバルは「仲間」に変わった。「仕事場なのに従業員をチャラチャラさせていると批判する意見もあるかもしれませんが、多少の『緩み』をつくることで自分の感情や考えに気づくのでしょう。高い視点で物事を素直に考える従業員が増えてきたと実感しています。トラック競技にたとえれば、まだ第1コーナーを回ったところにすぎません。私たちの目標は世界一の集団になることです。一流の人材を育てる上で近道は考えません」と横塚社長はうれしそうに話す。2009年3月、同社は、GreatPlace to Work® Institute Japanの第3回日本の「働きがいのある会社」で全国9位にランクインされた。組織と人材の実力が花開き、東京海上日動火災保険に新しいビジネスを提案できる日も遠くないだろう。

KDIは、企業変革の理論と実践を学ぶナレッジ・コミュニティ、部課長層を中心とした変革リーダー交流会、経営層を対象としたエグゼクティブ交流会などを主催して、企業変革に挑戦するお客様企業と専門研究者との関係性の強化を図っている。さまざまな知と経験が重なり合って生まれる「発見」がKDIの価値創造の源泉である。
東京海上日動システムズとのプロジェクトを担当したKDIの久保田弥生は語る。「この仕事では、理論と実践の双方を学ぶ姿勢を大切にしています。組織内部の人間関係をお客様と一緒にほぐして、お客様の組織が『安心・安全』の段階から『相互信頼』の段階に進むと、他人との関係性を深めることがワクワクに変わって、お客様の表情もパッと明るくなるんです。リスクを取ってチャレンジしようという姿勢が現場から生まれて、社会や会社を動かすなんて、ほんとにすごいことだと思います」。
国際労働機関(ILO)は、2006年の公表資料「Violence at Work(職場内暴力)」のなかで、「不安定な職務形態が職場を圧迫し、職場内暴力が世界的に増加の傾向を示しており、国によっては流行病の水準にまで達している」と警告している。それを証明するように、従業員の無関心、セクショナリズム、敵意・衝突、ハラスメントに悩む日本企業が増加している。「従業員に閉塞感や無気力が広がっている」、「このまま放置していては企業の存続にかかわる」と不安を感じている経営者も少なくないはずだ。
「これまでの経営や企画機能は、オペレーションの余った時間で『知識創造』に取り組みましたが、これからは順番を逆に考えるべきでしょう。20年後、50年後の社会はどのように変化しているのか、当社はいかなる価値を社会に提供すべきか、そのためどこを重点に投資するか、といった先を見据えた議論が十分でないと、組織の閉塞感を拭うことができません。経営が明確な未来シナリオを持つことが企業の持続可能性において重要になるでしょう」とKDIのグループ長を務める仙石太郎は話す。
1990年代、失業・貧困・格差・対立を生む欧州の社会構造のなかでCSRが誕生した。今こそCSRが誕生した原点に立ち戻って、企業と社会はどのようにつながるべきか、人が活かされる経営とは何かなどを、冷静に学びなおすことが社会再生の近道であろう。
第三者のご意見
株式会社 日本総合研究所 調査部
ビジネス戦略研究センター所長
主席研究員 山田久氏
これまでの10年間、日本企業は短期的な業績を追い求めるため人員や人件費を切り詰め、即戦力を重視し、利益の捻出を行なってきた。その結果、企業の業績は回復したが、日本経済全体でみれば付加価値総量は低迷している。職場に余裕がなくなり働き手のモチベーションも低下したため、付加価値競争力は向上しなかったのである。
記事にある富士ゼロックスKDIの活動は、こうした閉塞状況を打破するパイロット的な取り組みとして日本の社会にもたらす意義は大きい。人材こそが競争力を決定する知識社会において求められる「新たな組織スタイル」を創造する取り組みとしても注目される。
事業収益は「その企業がどれだけ社会に役立ったか」をはかるバロメーターであり、長期的にみれば会社の業績と真の働き甲斐とは両立する関係にある。しかし、個人の自発性の尊重は、時において自己満足を優先してしまうリスクと隣り合わせにある。従業員が、経営の将来に対する洞察を深い部分で共有し、個々人の自己革新が誘発される工夫がKDIの今後の課題になるであろう。