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マニラ近郊のスラム街に「富士ゼロックス・ガワッ・カリンガ・ビレッジ」と呼ばれる場所がある。
スラム街住民の自立促進に取り組む富士ゼロックスフィリピンの活動を報告する。
フィリピンの首都であるマニラ市のマカティ地区には、高層ビルやショッピングセンター、高級ホテルが建ち並ぶ。マカティ地区の富士ゼロックスフィリピン本社から車で30分、高級住宅街を抜けるとタギック市のトタン屋根と小さな路地の景色が現れる。
「富士ゼロックス・ガワッ・カリンガ・ビレッジ」は、そのタギック市のスラム街にある。30軒の家と多目的ホールから成り2007年12月に完成した。34家族120人が住む住宅は、4軒単位で炊事場と浴室を共有する長屋づくりだ。
路上では子供たちが歓声を上げて遊び、その様子を母親や老人たちがにこやかに見守る。「生活が大きく変わりました。以前は、立ち退きを迫られビクビクしていました。隣近所の人たちとの交流もほとんどなく、道では酔っぱらいの喧嘩や、恐ろしい犯罪も多かった。でも、今は違います」と住民の表情は穏やかだ。
多目的ホールの1階は保育園、2階はパソコンルームとして使われている。「午前中は保育園に子供を預けて内職の針仕事もできるので助かります。一番うれしいのは、子供たちが学校にちゃんと通えるようになったことです」とメディ・アウストリアさんは言う。それまでは、教科書代などの実費が負担できず、子供たちを学校に通わせることができない家庭も少なくなかったのだ。
多目的ホールは、周辺の住民や近隣の他社のガワッ・カリンガ・ビレッジにも開放され、地域のボランティアが子供たちにパソコンの使い方を教えている。パソコンは他社から寄贈されたものだ。「将来はパソコンを使った仕事をしたい」と子供たちは目を輝かす。多目的ホールはスラム街の子供たちに夢と希望を与える場所になっている。

ビレッジの名称にある「ガワッ・カリンガ(Gawad Kalinga)」はカトリック系の団体「カプルス・フォー・クライスト(Couples for Christ)」が始めたスラム街の住民の自立促進プロジェクトである。「ガワッ・カリンガ」はタガログ語で「気にかける(to give care)」を意味する。プロジェクトは、市町村には住民への建設地居住権の提供を、住民には建設作業を、企業には建築材料費と建築作業のボランティア協力を求める。企業からの寄付だけの申し入れは丁重に断るのが方針だ。ガワッ・カリンガ財団と創設者のアントニオ・メロト代表(当時)は、アジアのノーベル賞と言われるラモン・マグサイサイ賞(コミュニティ・リーダーシップ部門)を2006年に受賞している。
メロト氏は、活動の狙いをこう説明する。「私たちの目的は、家を建てることではありません。私は、社会の底辺に生まれた人々に、人間としての『尊厳』と『自尊心』を取り戻すことが一番大切だと信じています。空腹で住む場所がなく、自分は見捨てられたと感じたとき、人間は暴力に訴え自暴自棄になります。その時に、誰かが自分のために一緒に汗水流して家を建ててくれると、もっときちんと生活しよう、と自分から動き始めます。それまで週に2日しか働かなかった男性も、週に5日以上働くようになるのです。誰かが自分のことを気にかけてくれている、スラムに暮らす人々にそう感じてもらうことが重要です」。
2006年、富士ゼロックスフィリピンの当時の社長ロミ・セラーノは、業績の低迷と従業員の士気の低下に頭を痛めていた。従業員も参加でき、会社の一体感の醸成につながる社会貢献活動を探していたところ、ガワッ・カリンガに出会い、参加を即決したという。
2006年8月、富士ゼロックスフィリピン財団から約260万円(1,325,000フィリピンペソ)をガワッ・カリンガに寄付し、10月のビレッジ建設の着工式にはタギック市のティンガ市長も参加した。土曜日に行なった30回に及ぶ「建築デイ」には、セラーノ社長(当時)をはじめとする役員と全従業員の2割がボランティアで参加。2007年12月に完成し、住民に引き渡された。
社内では「プロジェクト委員会」をつくり、社内広報の係、従業員を現場に連れて行く係、昼食や飲み物を調達する係、建築現場での仕事の割り振りをする係などを決め、30人を超えるボランティアを統率した。「参加希望者が多すぎて、ほかの企業のビレッジ建設に回ってもらう時もありましたね」と住民の日常管理をボランティアで行なうワルド・ロドリゲス氏は笑う。「富士ゼロックスフィリピンは、これまでかかわったなかで最も心ある企業の一つです。教育を重視し多目的ホールを建てたこと、ボランティアの数の多さは類を見ません」とメロト氏も高く評価する。

社内プロジェクト委員会では、建築デイの翌々日の月曜日、建築している様子をポスターにして社内に貼り出した。社長や幹部従業員がセメントやペンキだらけになっている写真を見て、全員でとても盛り上がったという。チームワークで目標が実現されていく体験を通じて、従業員たちは失いかけていた誇りと連帯感を取り戻した。
最初は関心を示さなかった従業員も途中から加わり「自分の仕事や生活がいかに恵まれているかを痛感した」、「自分自身も自立して暮らさなければと思った」という声が増えた。「子供にとっても良い経験になると思い、何度も連れて行った」という従業員もいた。
富士ゼロックスフィリピンの売り上げの25%は多国籍企業やフィリピンの大企業相手のビジネスだが、75%は地場の中小企業相手である。「貧困層の自立が進み、経済活動に加わって起業したり税金を負担したりするようになれば、国や地域の経済が栄え、富士ゼロックスフィリピンの成長にもつながります。このプロジェクトを通じて、社会に対する企業の責任を長期的な視点で考えることを学びました」。ボランティアに加わった富士ゼロックスフィリピンの幹部は口々にこう述べる。

ガワッ・カリンガは、建築したビレッジに資金とボランティアを提供した企業の名前をつけ、企業のブランド浸透に役立てることを積極的に奨励している。「私は参加を検討している企業に、望ましいモデルとして富士ゼロックス・ガワッ・カリンガ・ビレッジを訪れるように薦めています。多くの見学者が来ると、富士ゼロックス・ガワッ・カリンガ・ビレッジの住民に自分たちのビレッジがモデルであることが伝わり、住民の富士ゼロックスフィリピンに対する感謝の気持ちも強まります。そうすることで、富士ゼロックスと地域社会とのつながりが深くなり、相互の信頼も深まるでしょう。ガワッ・カリンガと参加企業の双方にメリットのある活動でなければ意味がありません」とメロト氏は語る。
某欧米大手メーカーのフィリピン総代理店の副社長を務めるジョエル・サントス氏は、タギック市を含む3つの市で16のガワッ・カリンガ・ビレッジを統括する。「ガワッ・カリンガでの共同活動を通じて、社会が良くならなければビジネスの発展もないという価値観を富士ゼロックスフィリピンと共有することができて、両社の提携関係もより強力になりました。富士ゼロックスフィリピンは、仕事も社会活動も一緒に実行できる揺るぎないパートナーです」と笑顔で語る。
建設が完了し、多目的ホールの運営も軌道に乗った現在、富士ゼロックスフィリピンは次の段階の社会貢献を考えている。2008年から同社の社長を務める阿部盤は想いを語る。
「貧困の解消という、とてつもなく大きな課題を抱えるフィリピン社会のなかで、私たちはビジネスをさせてもらっています。どのように貢献すれば、社会に根付き信頼される存在になれるのか、現場のニーズを敏感に感じ取って行動に移す人材を増やすことが、当社の持続可能な成長にとって不可欠です」。スラム街の住民の生活が良くなったとはいえ、建設現場の日雇い労働など不安定な仕事が多い。「彼らがより安定した仕事に就くことを支援するために、多目的ホールを活用して成人のパソコン教室など、職業能力開発のトレーニングプログラムを始めたいと思います。地域の発展を一緒に考えることで、強いチームになりたいと思いますし、そうした誇りあるチームであり続ければ、富士ゼロックスフィリピンは地域社会に根付いた経営ができると信じています。社長としてこの活動を支えリードする決意です」と阿部は心に秘めた闘志を熱く語る。
富士ゼロックスビレッジの広場の床下には、タイムカプセルが眠る。タイムカプセルには、富士ゼロックスフィリピンの企業理念と、ガワッ・カリンガとの覚え書きが入っている。企業と地域と行政とがつながり、それがほかの地域にも広がることで社会全体の持続可能な成長が実現されることを願う。
第三者のご意見
タギック市長 シグフリド・ティンガ氏
タギック市はフィリピンで最も多くのビレッジを有するガワッ・カリンガのモデル都市になっています。2008年、タギック市は世界銀行から「フィリピンで最もビジネスフレンドリーな町」との評価をいただきました。しかし依然として残る貧富の差は、タギック市の出身者である私には我慢できません。この怒りが私をビジネスマンから市長選へと駆り立てました。ビジネスフレンドリーな街づくりと並行して、スラム街をより良い住宅に変えていくことは、私の使命です。
タギック市がガワッ・カリンガとの提携を決定し、まだどの企業も興味を示さなかったとき、富士ゼロックスフィリピンは、真っ先に参加を申し出てくれました。「参加するメリットは何か」といった質問を一切せず、現地を見て、私たちと議論して、決定したのです。富士ゼロックスビレッジは望ましいモデルです。私たちは、ほかの企業がガワッ・カリンガへの参加を検討していると聞くと、「富士ゼロックスビレッジを見てください、一度見れば、その効果は分かります」と話しています。このような活動を富士ゼロックスが広く社会に紹介することで、ガワッ・カリンガの趣旨を理解して協力する企業が増えることを期待しています。