
激動の国際社会を企業が生き抜くためには、地域の課題にどのように向き合えばよいのか。
国連難民高等弁務官として活躍され、現在は国際協力機構(JICA)理事長を務められる緒方貞子氏にお話を伺った。
海外事業の現状と展開する上での課題

- 山本
- 富士ゼロックスの海外事業は、今日まで3つのフェーズで変遷しています。第1フェーズは1962年の創立から1990年代前半までの時期です。事業全体の80%を日本が占め、日本向けに開発した商品を改造して海外の販売会社に提供しました。その後、アジアでの新市場の開拓が必要になると同時に、急激な円高によって生産のコスト競争力が求められる状況になりました。そこで、1990年代半ばから、新たな市場の開拓、割安な労働力と原材料を求めて中国に進出しました。これが第2フェーズです。
- 緒方氏
- マーケットと生産の両方を中国で始められたのですね。
- 山本
- はい、国際競争力のある商品を生産しようと、中国では地方出身の若い工員さんの教育訓練、労働条件や安全衛生のレベルアップ、品質や環境への配慮に取り組みましたし、現地のサプライヤー各社にも同様の対応をお願いしました。その結果、現在では国内の生産をしのぐほどの品質を確保しています。
- 緒方氏
- 山本社長は中国への生産移転の総責任者として当時から指揮をとっておられたとお聞きしていますので、いろいろ経験されたでしょうね。
- 山本
- そうですね。ビジネスの理由から生産拠点を中国に移し、国際競争力を維持する目的でがむしゃらにやってきました。途上国でビジネスをする上では、現地政府にやってもらいたいことでも、企業が努力しなければ事態が進まないこともあると肌で感じました。今後ますます重要になる中国やアジア諸国とのつながり方を、会社の経営としてどのように考えるべきか、2008年あたりから、いよいよ悩ましい第3フェーズに入ったと認識しています。
国際協力におけるJICAの役割
- 緒方氏
- 私はJICAにかかわって6年目に入りました。フェーズの変遷という意味では非常に似たところがあると感じております。JICAの第1フェーズは、東南アジアの技術系人材を日本に招いて教育訓練を提供した時期でございます。その方々が本国の大学の研究室に戻り、そうした先生方を起点にして科学技術系の高等教育機関が東南アジアに広がりました。そこに日本企業が進出して、現地の技術をさらに高めた歴史がございます。
- 山本
- 人材の育成と教育機関の整備が進み、それを民間企業が促進した格好ですね。
- 緒方氏
- ええ、私がJICAに入った時点で、中国やアジア諸国ではある程度成長の基盤が整いましたが、アフリカのように日本企業がほとんど進出していない地域もございました。日本もアフリカの成長に協力しなければという機運が高まって、外務省を中心にアフリカ開発会議が始まりました。

- 有馬
- 最近、アフリカなど発展途上国のなかでの、いわゆるBOP(Base ofthe Economic Pyramid)市場の潜在力がCSRのビジネスケースとして盛んに語られるようになりましたね。
- 緒方氏
- アフリカや中近東諸国の成長に科学技術を持ち込んで議論するようになったのは最近のことです。たとえ道路などのインフラが未整備な段階でも、科学技術の育成への協力を求める声が増えてまいりました。
- 山本
- 援助を通じた東南アジアの成長と同じアプローチを繰り返しているのですね。
- 緒方氏
- その通りです。例えばルワンダでは、コーヒー豆の輸出だけでは成長できないということで、ICT(Informationand Communication Technology)立国という政策を早くから唱えています。農業や鉱業からIT産業への移行は、今後も進むのではないかと考えております。
- 有馬
- JICAでは今後の展開をどのように考えていらっしゃいますか。
- 緒方氏
- 現在は、成長した中国やアジア諸国とどのようにお付き合いするかを考える次のフェーズに入っております。例えば中国も外貨準備高が世界一の規模に成長して2兆米ドルを超えましたし、成長した中国企業が世界に進出して先進国の競争相手になると欧州諸国も心配しています。そうした新たな成長国とどのようなパートナーシップを築いていくのかを考えるのが、まさにJICAの第3フェーズになるのではないかと思って、富士ゼロックスのお話を聞いておりました。
グローバル化と情報社会化がもたらす影響
- 山本
- 途上国の人々は生活レベルの向上に敏感なので、テレビやインターネット等の情報にすぐ反応しますね。
- 緒方氏
- はい、ほかの国ではどうだという情報がすぐに伝わります。冷戦が終わったころ、イタリアのテレビで猫が銀製のお皿で餌を食べている映像が流れると、貧困に苦しむ隣国のアルバニアからイタリアへの移民が急増し、イタリア政府が国連難民高等弁務官事務所に支援を要請した事態がございました。ベルリンの壁の崩壊も、情報の伝播によって起きましたね。情報化によって、自分がどこに属するか分からないという自己帰属(アイデンティティ)の不安感が生まれ、民族主義のような形で対立が表面化するなど、社会の不安定要因になっています。そして、グローバル化のスピードが早いほど、途上国でも先進国でも、格差の問題が顕著になります。情報やコミュニケーションを扱う富士ゼロックスは、そうした点を踏まえながらCSRを考えていかれるのかなと思います。
- 山本
- ご指摘の通り、コミュニケーションを事業とする当社にとって、社会に対する責任を強く自覚すべき領域だと思います。
国際協力を通じた人材開発
- 山本
- 1992年から2007年にかけて、青年海外協力隊とシニア海外ボランティアに当社からも通算10人の従業員が参加しましたが、うち4人は残念ながら帰国後に会社を辞めてしまいました。個々人の意識に任せきりで、会社としてそうした人材や彼らの経験の活用を考えなかった反省があります。
- 緒方氏
- 私も現場に行きますと、ああそうなのか、と気付くことはたくさんございます。新しい発想やアイデアは現地・現場で生まれます。富士ゼロックスは、CSRを考える従業員が昔から多いとお聞きしますので、青年海外協力隊の経験をキャリア形成にはさみ込んで、CSRとして若い世代に積極的に機会を提供なさることも考えてよろしいのではないでしょうか。
- 有馬
- 国際社会では、日本企業のプレゼンスが低く、歯がゆい状況があります。それは、若い人材をグローバルな場で鍛えてこなかったツケがまわってきたのではないかと思います。青年海外協力隊の経験は若い世代の教育機会でもあるのですね。
- 緒方氏
- 青年海外協力隊の目的は、途上国の支援と同時に、当初から青年の教育にもあると聞いております。それは現在も変わらず必要ではないかと思います。また、現在の不況で仕事に就けない、仕事を続けられないという若い方々がいらっしゃるので、失業対策ということではございませんが、青年海外協力隊の人数を200名増やして世代育成にも努めております。
- 山本
- 現地・現場が大切との緒方様のお話を聞き、各国現地で何が求められているのかを探し出して、その地域に役立つ事業をつくり、文化に沿った行動をとるのが、まさに地域に根差したグローバル経営だと感じ入りました。
- 緒方氏
- 長い目で地球規模にたって見れば、それが結局、企業の利益につながるのではないでしょうか。そうした世界の現実は、日本で暮らしているとなかなか遠く感じるかもしれませんね。

環境・エネルギー対策の社会的連携
- 山本
- 中国では現地のサプライヤーに「CSR調達」の活動を通じて、環境問題への対応や労働条件や安全衛生の整備をお願いしましたが、一緒に進出した日系のパートナー企業からは、当社が率先して現地の規制情報を展開することで非常に助かると喜ばれました。中国のローカルのサプライヤーも、最初は何を言っているのだという感じでしたが、彼らのビジネスの競争優位につながると分かってくると、ほかの得意先とのビジネスにも活用したい、と言ってこられました。ここまで広がりますと、一社一社で進めるのは非効率なので、先行してノウハウを築いた企業なり団体と相互乗り入れできないかと考えています。
- 緒方氏
- 事業提携だけでなく、いろいろな面で将来に向けてどうやって社会で連携していくかという側面が重要になりますね。みんなで均等に進歩することを考えず、バラバラに対応が図られていることが、これまでの問題点ではないかと思います。例えば、紙の問題で、途上国が森林をチップに加工して輸出するにも、道路や港湾の整備が必要になります。日本の企業が進出して現地国の産業化を進める案につきましては、相手国政府の要請を受けて、JICAなど公的援助機関も道路や港湾のインフラ整備への支援を始めています。そうした役割の異なる官民の連携が重要だと考えております。
- 山本
- インフラ整備は民間企業では対応できませんので、公的援助機関にお願いするほかないですね。
- 緒方氏
- 特に水や電気といったエネルギーの問題が、アフリカや中近東で大きな支援テーマになっております。途上国でも今後の成長には電力が必要で、太陽光発電などの自然エネルギー利用が随分入ってきています。また戦争で破壊された国や地域も、企業がゼロから再建するのは大変ですから、日本政府の支援が入っています。そういうパブリック・プライベート・パートナーシップ(P.P.P.)、つまり官と民がパートナーを組んで、中長期的なデザインを共有して事業を行なう形態に注目が集まっていますし、アフリカではそうした形態での開発案が随分動き出しています。
企業とコミュニティが効果的に連携する方法
- 山本
- 当社のフィリピンの子会社が、スラム街で住宅建設をするプロジェクトに参加し、現在はその施設を使って教育を提供する活動に取り組んでいます。そこにグループ企業の従業員による青年海外協力隊の援助が融合すれば、もっと素晴らしい活動になると思います。現在も各地の学校建設などに寄付をさせてもらっていますが、一つ一つの援助が孤立していて、ほかとのつながりに発展しないのが不満です。本当のグローバル化は、現場に行ってニーズをつかんで、現地で「良い影響の連続性」を生み出すことが大切だと思うのです。
- 緒方氏
- その通りですね。そうした発想に立てば随分違うと思います。青写真の段階から官民協働で進めるパブリック・プライベート・パートナーシップに企業の皆様の関心が高いので、JICAも民間連携室を設けまして、企業からのご相談に対応しております。お声を掛けていただければ応えさせていただけると思います。
- 有馬
- 国連グローバル・コンパクトでも、韓国・中国・日本のネットワークを組んで、今年からラウンドテーブルを開始する予定です。各国現地の情報を効率よく共有することが、今後ますます重要になると思います。
- 山本
- 本日のお話を伺い、現地・現場での頑張りを通じて、本当に貢献できる道を探すのが「地域に根差した経営」なのだと改めて確信しました。当社は東南アジアの5つの販売会社で社会貢献の財団を設立していますが、地域社会へ十分に貢献できておらず、今後どのように活用すべきかを模索しているところです。例えば、単に地域の学校に寄付するだけでなく、教材の作成支援など当社の本業を活かした貢献や、教員・講師として従業員を青年海外協力隊に派遣するなど、社会に根差した貢献を考えていきたいと思います。
- 緒方氏
- できあいのものをただ差しあげるのではなく、どういうものをつくればどれだけ役に立つかまで踏み込んで考えれば、富士ゼロックスも得るものが多いのではないかと思います。そうした発想で今後の第3フェーズを切り開かれることを期待しております。
緒方貞子氏
1927年生まれ。聖心女子大学卒業後、ジョージタウン大学で修士号、カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。1976年より3年間、国連日本政府代表部公使、特命全権公使を務める。国際基督教大学、上智大学で教鞭をとる。1991年より10年間国連難民高等弁務官として難民支援活動に取り組む。2002年にはアフガニスタン復興支援国際会議の共同議長を務める。2003年10月に独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長に就任、現在2期目。
- ※ 国連グローバル・コンパクトについて
国連グローバル・コンパクト(GC)は、各企業が責任ある創造的なリーダーシップを発揮することによって、社会の良き一員として行動し、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組みづくりに参加する自発的な取り組み。コフィ・アナン国連事務総長(当時)の提唱により2000年に発足した。富士ゼロックスは2002年に署名。国連グローバル・コンパクト(GC)に署名した企業は、人権の保護、不当な労働の排除、環境への対応、そして腐敗の防止にかかわるCSRの基本原則10項目に賛同する企業トップ自らのコミットメントのもとに、その実現に向けて努力を継続することが求められる。