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富士ゼロックスからの提言

拡大教科書のさらなる普及に向けて 富士ゼロックス株式会社 CSR部長 澁谷 隆

拡大教科書をご存知ですか?

皆様は「拡大教科書」をご存じでしょうか。拡大教科書とは、文部科学大臣の検定を経た教科書(検定済教科書)の文字を大きく太くし、図版やイラストなどを見やすくつくりかえた、弱視のお子様の学習教材です。拡大教科書は、検定済教科書の単純な拡大コピーではなく、書体、文字サイズ、字間、行間、背景、色使いなどを調整して製作します。一定のサイズに収めるとページ数が増えるため、一冊の検定済教科書が数分冊の拡大教科書になります。
富士ゼロックスと国内販売会社では、拡大教科書を製作する全国の拡大写本ボランティアの皆様にデジタルカラー複写機/複合機を無料でご利用いただくサービスを1994年から続けてまいりました。こうした長年の活動に対して、2008年12月に内閣府主催平成20年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰で最高賞である内閣総理大臣賞受賞の栄誉に浴しました。
受賞のお礼に代えまして関係者が直面している現状の課題を紹介し、併せて弊社の考え方を述べます。この記事が拡大教科書普及の一助になれば幸いです。

原本教科書と拡大教科書( 原本の1ページ分が拡大教科書では2ページになる)原本教科書は、『みんなと学ぶ 小学校 算数 2年下』(2008)学校図書株式会社より掲載協力

弱視のお子様と拡大教科書

視覚に障害のあるお子様は、その障害の程度に応じて、点字教科書、拡大教科書や、弱視レンズ、拡大読書機などの視覚補助具を使って勉強します。
筑波大学附属盲学校教諭の宇野和博氏が2006年に発表されたご論考「安定的な拡大教科書供給を目指して」によりますと、全国の盲学校(特別支援学校)の小・中学部には487名、弱視学級(弱視特別支援学級)には267名、また通常学級には1,739名(平成17年文部科学省調査)の弱視の児童・生徒が在籍しており、さらに高校段階まで含めた弱視の児童・生徒数は概算で3,200名前後と推定されるとのことです。今回、複数の関係先に正確な最新データを照会しましたが、残念ながら正確な調査結果は見当たりませんでした。
盲学校や弱視学級で学ぶ弱視の小・中学生には、民間の専門製作会社(キューズ、大活字など数社)や教科書出版社が発行する主要教科の拡大教科書が、検定済教科書に代わる教材(学校教育法第107条)として国費により無償で給与されます。
一方、通常学級に在籍する弱視の児童・生徒のうち拡大教科書の利用を希望するお子様は、まず教育委員会に申請して、民間の専門製作会社や教科書出版社が市販する拡大教科書を無償で給与してもらう制度になっています。その上で、学校で採択した検定済教科書に該当する市販の拡大教科書がない場合や強度の弱視で市販の拡大教科書を利用できない場合には、拡大写本ボランティアの皆様にオーダーメイドの手づくり拡大教科書の製作をお願いすることになります。
これまで民間の専門製作会社や教科書出版社から市販された拡大教科書は種類が極めて限られているので、現時点において国内で普及している拡大教科書のほとんどは、全国の拡大写本ボランティアの皆様が、個人によって見え方が違う弱視のお子様一人ひとりのニーズに応じて、数ヵ月の時間をかけて手づくりで製作したものです(表1参照)。2007年度の実績で申しますと、無償給与を受けた604人のうち、拡大写本ボランティア団体の製作によるものが81%、民間の専門製作会社によるものが13%、教科書出版社によるものが6%という比率です。

表1 拡大教科書の種類
区分 発行者 利用するお子様
市販の拡大教科書 民間の専門製作会社 盲学校・弱視学級で学ぶ弱視のお子様
その他
教科書出版社
オーダーメイドの手作り拡大教科書 拡大写本ボランティア団体 学校で採択した教科書に該当する市販の拡大教科書がない場合
強度の弱視で市販の拡大教科書を利用できない場合

教科書バリアフリー法の誕生

関係者のご尽力によって、ボランティア製作分を含めた拡大教科書の国費による無償給与制度が2004年から導入され、拡大教科書に対する弱視の児童・生徒の需要が一気に吹き出しました。拡大写本ボランティアの皆様は、需要が対応力を超えてしまい、「依頼の半分程度しか製作できない」、「量産的な製作に走らざるを得ない」、「個人の負担が限度を超えている」といった困難な状況に直面しています。また、検定済教科書の単純拡大コピーでの代用や、別のお子様用に製作された拡大教科書の一時転用で急場をしのいでいるお子様もいると聞きます。文部科学省が公表した資料によれば、小中学校の通常学級に在籍する弱視の児童生徒1,739人(平成17年文部科学省調査)に対する拡大教科書無償給与の平成18年度実績は、給与人数634人、給与冊数約11,300冊(受給者一人あたり平均17.8冊)、実績額約8,600万円ということであり、とても十分に行きわたっている状態と言えないことは明らかです。
そうした状況を打破するため、2008年9月から「障害のある児童及び生徒のための教科用特定図書等の普及の促進等に関する法律」、いわゆる「教科書バリアフリー法」が施行されました。この法律によって、教科書出版社には次の対応が求められます。

  • 原本にあたる検定済教科書の作成段階においても、ユニバーサルデザインの導入など、障害のある児童・生徒への適切な配慮に努めること (同法第4条の主旨)
  • 拡大写本ボランティア等の利用に供するため原本にあたる検定済教科書のデジタルデータを文部科学大臣に提出すること (同法第5条1項の主旨)
  • 文部科学大臣が定める標準的な規格に適合した標準規格版の拡大教科書を発行するよう努めること (同法第6条2項の主旨)

これを受けて、教科書出版社の多くでは、検定済教科書のデジタルデータの提供に応じるほか、標準規格版の拡大教科書の自主的な製作・発行や、その準備に着手されています。しかし、後述の通り、教科書出版社の独力による自家発行には大きな壁があるように思われます。

標準規格版とプライベートサービス

弱視のお子様は、一般的に面・色・線・動きの把握や光への対応が難しく、その症状も一人ひとり異なりますので、それぞれの条件に合致した教材を提供するのが理想です。しかし、現実には費用と供給体制の両面で限界があります。今回の教科書バリアフリー法により、弱視のお子様による最大公約数のニーズに適合した標準規格版の拡大教科書は教科書出版社によって供給される道筋が決まりました。その上で、強度の弱視などの理由で標準規格版を利用できないお子様に対する教科書保障も検討されなければなりません。この一人ひとりのお子様の条件に応じたプライベートサービスも本来は国の責任で提供されることが理想ですが、残念ながら現時点では明確な方針は示されておらず、今後の検討課題として残されています。
こうしたプライベートサービスは、現状では、拡大写本ボランティアの皆様の善意と努力に頼る以外に方策は見当たらないように思います。このように2004年の無償給与制度の導入以降、拡大教科書の供給システムの一部にボランティアの皆様が組み込まれた結果、「本来行ないたいところのボランティア活動ができない」「私たちを納入業者と勘違いしている学校関係者がいる」といった不満の声を数多く聞くようになりました。「義務教育課程の教科書がボランティア頼みなのはおかしい」というメディアの報道も最近増えています。標準規格版の供給もプライベートサービスの提供も、国の制度として確立された上で、拡大写本ボランティアの皆様が本来行ないたいところの活動に専念していただける状況を早くつくらなければいけないと思います。

ニーズと対象の明確化

弱視のお子様の教育・訓練は、厳密に言えば、お子様一人ひとりによってニーズが異なります。従って、なにが弱視のお子様にとって最善の選択であるかについて、さまざまな意見があっても不思議ではありません。例えば、弱視の児童・生徒と言えども、社会で独り立ちできる能力を伸ばすことを教育・訓練の目標と考える立場からは、幼児や強度の弱視のお子様は別として、通常レベルの弱視の中学・高校生に対しては、特別な支援ツールを与えるのではなく、市販図書やインターネットで入手できる一般的な情報を自力で消化する手段の習得を優先すべきだ、という考え方もあるかもしれません。
現在、拡大教科書をめぐる議論や論評において、「弱視のお子様の全員に拡大教科書が届いていないこと」を問題視する御意見があります。当社の関係者も最初は同様に考えておりましたが、弱視児教育の専門家から上記のような考え方を教えていただき、「拡大教科書を求めている弱視のお子様に対して確実な提供が保証されていないこと」が真の問題であると理解を改めました。
また、教科書やその他の教材をデジタルデータで確保しておいて、その時々の最先端の技術で学習ツールを開発する考え方は基本的には支持できますが、デジタル技術を長時間利用した場合の肉体的・精神的な弊害など、まだ解明されていない問題も多々ありますので、お子様の教育手段に導入する際には慎重に検討すべきであると考えます。
こうしたことから、標準規格版の拡大教科書とプライベートサービスの普及を促進する一方で、弱視のお子様の発達過程に応じた教育目標、それに適した教科書や補助具の在り方、教育現場での教科書の使い方、さらにデジタル技術の利用範囲等に関する議論を深め、どのような障害をもったお子様にどのような教育方法や教材が有効であるかについて、関係者の合意形成を急ぐ必要があるのではないかと思います。
拡大教科書のニーズと対象の明確化は、標準規格版とプライベートサービスをどのような基準で区分するかの判断に帰着します。当社の担当者が弱視児教育の専門家のご意見を聞き集めたところによれば、お子様の年齢と弱視の強弱の軸で対応を使い分けるのも、一つの考え方であろうと思います。(図1参照) こうした基準は、医学や教育・発達心理の実証研究等に基づき、弱視のお子様の利益を最優先に決められるべきであって、国の予算枠や教科書出版社の都合などで左右されないことを切に願います。

図1 標準規格版とプライベートサービスの提供対象の区分

デジタルデータの有効活用

前出「教科書バリアフリー法の誕生」で触れました教科書出版社の対応義務②に関連して、弊社には全国の拡大写本ボランティアの皆様から、デジタルデータを活用する上でのご相談や改善要望が数多く寄せられます。デジタルデータの利用は、望ましいデータ形式、稼働環境、ITスキルが揃えば作業の効率を飛躍的に改善できる可能性があります。
しかし、拡大写本ボランティアには高齢の方が多く、また活動資金も限られていることから、デジタルデータの活用を「高い壁」と感じていらっしゃる方々が少なくありません。デジタル化への全面的な転換を急ぎ過ぎますと、活動の継続を断念するボランティアの皆様が続出する危険も否定できないと思います。そうした本末転倒の事態はなんとしても避けなければなりません。
拡大写本ボランティアの皆様がこれまで工夫と改善を重ねてこられた手書きや切貼りの方法も、年齢の低いお子様や強度の弱視のお子様には有効な方法ですし、手作業ならではの柔軟性や暖かみがあり、今後も日本の社会に残さなければならない重要なサービス手法であると思います。つまり、すべてデジタル化に集約するのではなく、デジタルの方式と手書きの方式を双方とも保持していくことが弱視のお子様の利益にもつながると私たちは考えます。
今後、データ形式の見直しや指導講習会など、デジタルデータの活用を促進する動きが増えると思いますが、「拡大教科書を効率的に製作する上での選択肢の一つ」との位置付けを明確にした上で、それを活用したい拡大写本ボランティアの具体的なニーズに合わせて提供するよう、方向性を絞って検討を進めていただきたいと願います。

標準規格版の発行を促進する協力・連携の必要性

前出「教科書バリアフリー法の誕生」で触れました教科書出版社の対応義務③に関連して、多くの教科書出版社で標準規格版の拡大教科書の自主的な発行への取り組みが始まっています。ところで、検定済教科書は小学校で51種類293点、中学校で73種類135点、高等学校で849種類873点(平成21年度4月、文部科学省ホームページ)あり、また検定済教科書を発行する出版社は国内に51社もあり、少子高齢化社会に突入して、非常に厳しい経営環境にあると想定されます。 
このうち、標準規格版の拡大教科書の発行状況をみますと、平成21年度から新たに85点の小中学校の拡大教科書が発行され、教科書出版社から発行される標準規格版の拡大教科書は、義務教育段階(小中学校)の検定済教科書428点のうち154点に増加しました。ただし、小中学校の5教科(国語、社会、算数・数学、理解、英語)でもまだ標準規格版の拡大教科書が発行されていないケースがありますし、図画工作や美術などの教科の拡大教科書について現時点で発行を表明している教科書出版社はありません。加えて、高校段階の検定済教科書873点につきましては、標準規格版の拡大教科書はまったく発行されていません。
標準規格版の拡大教科書の製作・発行は、新しい教科書の発行と同等の手間がかかり、版面を製作するだけでも数百万円から数千万単位の費用が発生するそうです。また、文部科学大臣によって拡大教科書の標準規格が公表されているとはいえ、当社が関係者から見聞きした限りでは、出版社各社によって解釈や対応がかなり異なります。例えば、カラー刷りを白黒刷りに変更してもよいか、筆順の指導箇所の書体は教科書体を使用すべきか、といった拡大教科書として本質的な点も、出版社の解釈に委ねられている状況です。
弱視のお子様は同級生から「周囲の児童・生徒と違う教科書を使っている」とからかわれるのを嫌がることから、拡大写本ボランティアの皆様は検定済教科書を忠実に再現するように最大限配慮されますが、出版社各社による標準規格版は編集・レイアウトの都合で一部内容をカットすることもあるようです。さらに、せっかく多大な費用と労力を費やして標準規格版の拡大教科書を製作しても、注文がまったくないケースも現実に発生しているとも聞きます。
関係者の間では「標準規格版の拡大教科書の発行は教科書出版社の本来業務であり、その自助努力や業界内の連携で解決すべきである」という御意見もあります。しかし、その実現には相当な時間を必要としますし、その間、犠牲になるのは弱視のお子様でないでしょうか。次世代の育成は、社会全体が均等に応分の負担を引き受けるべき仕事だと思います。児童・生徒の利益を第一に考えるならば、標準規格版の普及促進は教科書会社の各社対応に委ねるのではなく、国の助成を中心に合理的な費用で、かつ単一のリソースで規格・品質の統一と製作の効率化を図りながら進めるべきでないかと考えます。そのためには、いわゆるソーシャル・ビジネスの手法を導入して、国による費用分担、企業・個人による寄付金、民間ベースでの標準づくりや作業集約などを早急に手当することによって、教科書出版社にとっての障害を軽減し、お子様の使い勝手や対応スピードを継続的に改善することが現実的に実行できる有効な対策であると当社では考えております。もちろん、弊社も応分の貢献を考えていきます。

子供たちの未来と拡大教科書の進むべき方向

弊社は、世界の国や地域が、どのような条件をもって生まれても等しく人生の可能性を享受できる社会、お互いさまという気持ちで支えあえる社会であることを願っています。
現在、衆参両議院の委員会や文部科学省では、高校段階での拡大教科書の普及の在り方につきまして議論が始まっています。
また、教科書バリアフリー法では、弱視のお子様だけでなく、学習障がいなどをもつお子様が使用する教科書・教材の整備充実を図るため必要な調査研究を進めることが定められています。これを受けて文部科学省は平成21年度から四つの団体と連携して、パソコンなど支援技術を活用し電子化された教材の作成、教育過程との関連性の研究、協力校での実証研究、マルチメディアDAISY教材に主眼を置いた電子教材の備えるべき機能の研究等の調査研究事業を開始されています。
本業であるデジタルドキュメントの分野で培った弊社の経験やノウハウが拡大教科書や将来の特別支援教育における教材提供に貢献できれば、それに勝る喜びはありません。
今後も文部科学省、国立特別教育総合研究所、教科書出版社、拡大写本ボランティアの皆様と一緒にと知恵を絞り、汗をかいて、弱視のお子様の「教育を受ける権利」の実現に貢献し続けることを皆様にお約束します。

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