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イノベーション事例:山梨大学 ICTを活用した新たな教育スタイル

ICTシステムを活用した新たな教育スタイルの実現に向けて インダストリービジネスソリューション・サービス事業本部 観光・クラウドビジネス事業部    篠崎 謙吾 平野 敦資 エンタープライズドキュメントソリューション事業本部 開発統括 ヒューマンインターフェイスデザイン開発部     田丸 恵理子

富士ゼロックスは、2012年から山梨大学と「グローバル人材育成のためのICTを活用した、新たな教育方法と技術」をテーマとした共同研究を開始しました。教育の質の向上を目指した新しい教育スタイルとして、反転授業を活用した教育改革に取り組み、学生の成績向上につながりました。大学教育の質の向上を実現する、新たな教育スタイルの確立と導入に至った産学連携活動についてご紹介します。

世界に誇れる教育プログラムのあるべき姿の実現に向けて

グローバル化の進展や無料で受講できるオンライン講座の普及により、誰でもどこからでも好きな時間に高度な教育を受けられる環境が広まっており、大学教育を取り巻く環境は大きく変化しています。このような状況の中、大学の「場」を生かした質の高い教育の提供がより一層求められています。また一方で、学生の受身の姿勢や学習意欲低下の改善、グローバル社会に対応できる主体性のある学生の育成が大学教育の課題となっています。このような課題を解決するため、当時の山梨大学前田秀一郎学長の「世界に誇れる教育プログラムを提供したい」との強い思いのもと、「グローバル人材育成のためのICTを活用した、新たな教育の方法と技術」をテーマに、山梨大学様と共同研究を始めました。

繰り返しの議論によって見えてきた教育現場の課題を共有

観光・クラウドビジネス事業部
篠崎 謙吾

篠崎:富士ゼロックスの営業やシステムエンジニア、そして研究など、さまざまな部門のメンバーが一丸となって取り組めるように、全体の方向性やスケジュールの把握など共同研究に関わるさまざまな業務をマネジメントしてきました。これらのメンバーと山梨大学の先生方と定期的にコミュニケーションを重ね、現状の課題とあるべき姿を明確にしていきました。当初の山梨大学の授業は、一方的な講義型授業が大半を占めており、さらに、学生のアンケート結果からは、講義以外の自学習時間がゼロ時間という学生も存在するなど、学習に対して受動的で消極的な学生が多いことが分かりました。これらの課題を解決するため、学生が主体的に学習できる新たな教育スタイルの検討が始まりました。そして、ディスカッション、プレゼンテーションなど、学生の能動的な学習を取り込んだ授業である「アクティブラーニング」の一つとして、近年注目されている「反転授業」に取り組むことになりました。

この「反転授業」とは、従来の授業で行われていた講義を動画などに記録し、学生が事前学習を行い、授業では事前学習の内容を元に、教員や学生同士の議論や対話を通じて理解を深める能動的な授業のスタイルです。これまで、国内外での実績があまりなかったため、手探りな状態の中で「効果的な反転授業を行うためにICTをどのように活用するのか?」、「能動的な授業のためには何をするべきか?」など、ICTの活用方法や授業設計などについて、繰り返し議論しました。

先生と共に、本当に必要なツールを自ら作成し継続できる環境を構築

観光・クラウドビジネス事業部
平野 敦資

平野:反転授業を取り入れるにあたり、先生方は「事前学習用ビデオ教材作成に時間がかかるのではないか」という懸念を抱いていました。反転授業を継続的に実施していくためには、先生の負担軽減を狙い、いかに簡易に教材を作成し、配信できるかが重要になります。先生方と議論する中では、せっかく取り組むのだから最新のWEB技術などを盛り込んだかっこいい教材を作成したいという声もありました。最終的に、取り組みたいことと継続できることを切り分けて、継続できることに重点を置いて教材作成ツール・教材配信システムを整備する方向性を確認しました。教材は、学生が視聴して理解できるように、わかりやすく飽きない内容になっていることが重要です。そのために、新しい情報や新しい教え方を反映するために、必要な部分だけ修正して簡単に教材を更新できるシステムが必要でした。そこで、当時、研究所で開発中のツールを活用し、PC画面と音声を同期して記録し、紙芝居のような教材を作成/編集でき、それを配信するシステムを開発しました。

「細かいことは許容して、15分のコンテンツを15分で作れる簡単さ」を先生方と共に追い求め、さまざまな視点でシステムに対する忌憚のない改善の声を頂きながら開発を進めることができました。これらの活動の成果として先生自らが負担なく教材を作り、使い、改良する「継続的に反転授業を行える環境」を構築できたと思っています。

PDAサイクルを回し、より良い授業スタイルを現場起点で教員と共に探求

ヒューマンインターフェイスデザイン開発部 田丸 恵理子

田丸:反転授業では、学生が事前にインプットしてきた知識を対面授業での演習課題やグループワークの中で知識を活用し、思考をアウトプットする活動を通じて、学習が深まり知識が定着していくと考えられています。このためには、何を事前に学習させるのか、対面授業の中でどういう活動を学生にさせるのかという、綿密な授業設計が重要になってきます。このプロジェクトには、私は山梨大学の客員教授として参加し、より現場に近いところで、大学の先生方と密な連携をしながら活動しました。反転授業のあり方を共に考え、エスノグラフィック・アプローチを通じて何度も教室に足を運んで授業を観察したり、気づきを得たり、反転授業導入の効果測定などを行ってきました。このような活動は、ゴールが明確に見えているわけではなく、トライアルの実施と評価を繰り返して、効果を確認しながら徐々に進化させていくしかありません。

そのような中で、先生方の授業を横断的な視点から観察・評価し、それぞれのやり方の良い点や課題、ノウハウなどを共有し、気づきをフィードバックすることができたことは、自分なりのポジションを活かした貢献ができたことだと思います。企業の人間でありながら、客員教授の目線で山梨大学の先生方と一緒になって、良い教育をしたいという想いを共有して活動できたことは良い経験になりました。

■ 反転授業を受けた学生の変化を体感

反転授業の導入により、全員がなんらかの形で予習を行なっていたことがわかりました。復習時間に関しても1~2時間程度行なっている学生が多く、反転授業の導入によって予習時間が増えただけでなく、復習時間も増加するなど、授業時間外の学習時間の増加につながりました。さらに、テストの点数は、反転授業の導入前に比べて、低得点者が大幅に減少し、高得点者が大幅に増加したたことで、平均値、中央値ともに大幅に上昇しました。また、学生のアンケートから「授業内容の理解がより深まった」、「ビデオがとてもわかりやすく、復習にも使える」など、事前学習だけでなく、不明点を理解するための手段としても活用されていること、事前学習により、学生が疑問点を持って授業に臨むことで議論の立ち上がりが早くなるなどの効果も表れました。このように、学生の学習に対する態度は、「講義を受ける」という受動的なものから、「学生自身のコントロールによる学習」という能動的なものに変化しつつあり、授業や学習に対する主体性につながる行動の変化も多数見られました。

学生のテストの得点変化(プログラミング系科目)

反転授業を用いた能動的な学習は、文部科学省でも注目されており、他の大学においてもその活用が推奨されています。
山梨大学は、早期に反転授業を導入し成果を出した大学として注目され、アクティブラーニングに関して先駆的な大学として知名度を高めています。
また、富士ゼロックスは、この共同研究の成果を反転授業のビデオ教材を作成するツールとして「Media DEPO」や「SkyDesk Mixed Learning」を開発し、他の大学に展開しています。さらに、アクティブラーニングを実現するための場作りや、授業の質を高めた教育のあり方などの知見も蓄積することができました。今後は、これらの知見を活かした新しい価値の創出や、そのような成果を継続して生み出す土壌となる、さまざまな外部連携活動に取り組んでいきたいと考えています。

山梨大学 塙 雅典 教授

山梨大学 工学部
塙 雅典 教授

富士ゼロックス様と山梨大学の共同研究は「グローバル人材育成のためのICTを活用した新たな教育の方法と技術に関する研究」をテーマに、大学における教育環境及び教育方法の高度化に関して産学共同で研究開発を行い、もってグローバル人材の育成に寄与することを目的に、平成25年度から28年度までの計4年間に渡って実施させていただきました。実際には平成24年度を準備期間として、24年4月当初から議論をさせていただき、29年度も共同研究契約は締結しないものの、緩やかに情報交換と協働を継続させていただいています。本学の反転授業の取り組みは全てこの共同研究に端を発しています。特に準備期間であった24年の夏頃までは、企業/大学、営業/開発、ベテラン/若手などの様々な枠を越え、大学教育の新しい姿を求めて丁々発止の議論が行われ、結果として本学の反転授業のスタイルが生まれました。富士ゼロックス様が大企業であるが故の豊富な優れた人々と協働できたことが、本共同研究の成功の要因である一方で、大企業故の困難さを垣間見ることも有りました。それらを一つずつ解決して一緒に歩んでくださった関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。
反転授業自体は、「一方向で学生が受け身になりやすい知識伝達型授業を改善する」という点においては、かなりの有効性を示せたものと思います。その一方で、大学教育の抱える課題は反転授業だけで解決できるわけではありません。例えば教育においてICTの利活用が求められていますが、企業や技術者が考える教育へのICT活用方法は「はじめにICTありき」になりがちで、教育上の課題の解決に繋がらないものが多々見受けられます。本共同研究のように、大学と企業、技術者と教育者、実践者と観察者など、異なる立場の人達が課題意識を共有して、真剣に解決に取組むことこそが大切なのだろうと思います。