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その他

精神科医が教える「こころ」を活かす勉強術
― 「うつ」にならないちょっとした工夫 ―

2010年9月

東京医科歯科大学大学院・精神行動医科学分野・講師
西多 昌規 氏

西多 昌規 プロフィール
西多 昌規 精神科医・医学博士。
東京医科歯科大学大学院・精神行動医科学分野・講師。
東京医科歯科大学を卒業後、国立精神神経センターにて臨床業務に従事し、ハーバード・メディカル・スクールにて睡眠と学習機能の研究を行なう。月300人の診療を行なう多忙な業務のかたわら、ビジネスパーソン対象の講演、雑誌、テレビの取材も多数こなす。カラーコーディネーターなど趣味の資格も多い。近著は「脳を休める 睡眠と脳科学の新しい常識(ファーストプレス)」

コンセプト/考え方

これまでの勉強法は、ノートなど用具の工夫、自己啓発理論や脳科学をもとに書かれたものが多かったように思います。わたしの視点は、少し違います。精神医学の知識経験を土台にしています。勉強の目的や方法を誤ると、うつや不安など「こころ」の問題が生じてきます。逆に「こころ」とうまくつきあっていると、勉強の成果も出ますし、人生も充実してきます。幸せになる学びについて、いっしょに考えてみましょう。

index
1 はじめに
2 勉強の目的を明確化する
3 体内リズムを整える
  3-1. 体温リズムに逆らわない
3-2. 睡眠を重視する
3-3. メリとハリをクッキリ、同じリズムで
4 うつ、やる気、不安のマネージメント
  4-1. 「落ち込まない」=ドーパミン 勉強を楽しくする
4-2. 「やる気」=ノルアドレナリン 意欲を高める
4-3. 「不安」=セロトニン 不安、心配を逆に利用する
5 感じて、動いて、ふれ合う
  5-1. 声、香り、音楽、味覚を使いこなす
5-2. 運動を取り入れる
5-3. コミュニケーション アウトプットと勉強会
6 おわりに
著書紹介

1

はじめに

「資格でも取らないと他の人に取り残される。もっと勉強しなければ……」
「勉強はしているんだが、どうしても充分憶えられない」
「勉強時間が取れない。俺はやっぱりダメだ……」

こういうふうに悩んでいるビジネスパーソン、非常に多いと思います。このコラムで伝えたいのは、「効率が上がって」「結果が出せて」「メンタルにやさしい」勉強法です。根拠となっているのは、アメリカで研究した記憶と学習の研究、日々患者さんと接する診療現場で得たヒント、それに自分自身の資格勉強から得られた経験です。

ポイントは、3つです。

  1. 体内リズムに逆らわない時間術
  2. 脳とこころの仕組みを知って活用する
  3. 五感+コミュニケーション

基本路線は、「睡眠時間を大切にする」「モチベーションの維持」「脳とこころを刺激する方法」です。もちろん、集中力の発揮と学習の効率化があってのコンセプトです。わたしは大学受験のころから、睡眠時間は確保するようにしてきました。しかし内心は「睡眠を多少削って頑張ったほうがいいのかな」という心配があったのも事実です。
その不安も、研究や臨床経験を積むごとに払拭されていきました。睡眠が記憶定着に重要であることは、近年の脳科学のトピックです。睡眠不足が蓄積していくと、イライラが強まり、パフォーマンスも低下してきます。さらには、近年100万人を超えたといわれる「うつ病」になってしまうリスクを高めてしまいます。
わたしは勉強法について書かれたビジネス書も読みますが、考え方は実業家で作家でもある本田直之さんに近いと思います。なぜなら本田さん同様わたしも、「極力ゆったり暮らしたい性格で、筋金入りの面倒くさがり屋」*1だからです。本田さんの本を読んだとき、自分の仮説が証明されたと思いました。
こころもからだも元気な状態で、勉強を続け成果を楽しむ。その秘訣を、これからお話ししていきましょう。

*1本田直之著『レバレッジ勉強法』(大和書房,2007年)

2

勉強の目的を明確化する
- 「勉強バカ」「勉強うつ」「勉強してないと不安」にならないために

何のために勉強するかを、まずはっきりさせること。ここからスタートしましょう。資格試験ですか?TOEICでしょうか?「何のために?」をわかりやすく説明できない勉強は、自分の心のなかで目的が明確化できていない可能性があります。「何のために」は、横田尚哉さんの著書
『ワンランク上の問題解決の技術《実践編》 視点を変える「ファンクショナル・アプローチ」のすすめ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン,2008)のファンクショナル・アプローチから得たフレーズで、臨床現場にも非常に応用力のある取り組み方です。「何のために」が言えない、あるいは現実的意味に乏しい場合は、「勉強バカ」「勉強うつ」「勉強してないと不安」症候群に陥っているかもしれません。

「勉強バカ」は、勉強に対するこだわりが強く、勉強がいいと思い込んでいます。不安や心配はまったくないですが、周りが見えていないので、的外れな勉強内容になることもあります。頭はいいが空気の読めない「アスペルガー症候群」かもしれないこのタイプ、研究者としては大成する場合もあります。
「勉強うつ」は、いつも「始めるのがおっくうで……」「勉強しているけど、結局身につかないなぁ」とこぼすタイプ。これくらいならばまだ楽観的ですが、「わたしはダメ人間なんじゃないか」「他の人より無能だ」と毎日考えるようになってくるのは、よくない傾向です。うつ病の症状で、「微小妄想」というものに似ています。自分を過度に過小評価してしまう思い込みで、「オレはなにをしてもダメだ」とマイナス思考の池の中にどっぷりと浸ってしまう現象です。
「勉強してないと不安」症候群は、高学歴のかたに多いのかもしれません。なにか勉強していないと、落ち着かない。「これでいいのかわからないけど、やらないともっと不安」は、部屋をでるとき鍵をかけたか何度も確かめる「強迫症状」と似ています。大学の成績はいいけれども、就職してからの現場がまったくダメ。自分のライフキャリアにまったくそぐわない資格試験に次々チャレンジ、など。

こうならないためにも、「何のために?」を絶えず自身にツッコミを入れていくのは、重要なことです。TOEIC高得点を目指している人も多いでしょう。「何のために?」という質問に、どう答えますか?「英語力をつけたい」「高得点ならばなんとなくいいことがある」ならば、漠然としすぎています。「就職、転職に有利」という動機ならば、目的意識が高まります。しかし、商談など会話力を高めたいというゴールであれば、TOEICのような資格はナンセンスでしょう。ビジネスにつなげる勉強ならば、アウトプット、アウトカムを前提として勉強計画を練るのが、当然です。
一方で趣味の資格というものもあります。うまく勉強に取り入れると、本業の勉強効果をプラスに作用させる効能があります。自分の好きなものの知識経験を、他者によって評価・権威付けしてもらいたいという心理も働いています。これもせっかく勉強する以上は、御利益すなわち「何のために」を、ある程度は言えるようにしておいたほうがモチベーションが上がります。

わたしの例を、恥ずかしながらご紹介しましょう。わたしは医師ですが、精神科専門医、睡眠医療認定医、日本臨床神経生理学会認定医など、専門職の資格を取るようこころがけてきました。なぜなら、自分のライフキャリアの「幹」があくまで精神科医だからです。「自分の精神科医としてのキャリアを確固としたものにする」というのが、資格勉強のゴールでした。日本の学会認定医も問題が多く、専門性を担保するだけの価値があるのかどうかは議論の多いところです。少なくとも他の医師との差別化には、ムダではないと考えました。

あわせてワインエキスパートの資格も取りました。メインキャリアが「幹」とすれば、趣味の資格は「葉」にあたります。元々の好みに加え、さまざまな異業種のかたとの出会いから、自分の社交能力や人脈、プレゼンのスキルも格段に上がったと思っています。ほかにもアロマテラピーアドヴァイザー、フランス語、イタリア語、カラーコーディネーターなどの資格も持っています。自己満足と家族に批判されたりはしますが、それぞれに自分なりの意味があることだと思っています。また趣味の勉強が本業の息抜きになったり、他人に面白いヤツと思われたり、別の喜びが得られたりと、プラスに働いたのも事実です。

「幹」の勉強が重要であって、「葉」ばかり茂らせることを目指していると、大局を見失います。素人がソムリエ資格を取っても、プロのソムリエにはかないません。プロになる覚悟が必要でしょう。

3

体内リズムを整える

3-1.体温リズムに逆らわない

「朝活」がブームです。朝の早起きを、勉強や読書時間に当てようという試みがさかんです。わたしも睡眠が専門分野なので、朝活セミナーで講演をしたこともありますが、朝から活気があります。
仕事が始まるまでの時間は、勉強に適している環境です。アポイントもありませんし、電話や上司同僚の急な相談もありません。ただし、ここで注意点があります。起床直後の1時間は、勉強に向いていない、という事実です。

人間の体温やホルモンは、一日のなかでも変化します。重要なのは、体温です。午前から午後にかけての人間が活動するときは、体温が高い時間帯です。夜にかけて徐々に体温は下がり始めて、人間は眠くなってきます。よく冬山の登山で「寝るな!死ぬぞ!」と遭難者を起こす場面がありますが、人間は体温が下がると覚醒レベルが下がってくるのです。そして、目覚めの近い夜明けになると、体温が徐々に上がってくる。これが人間の日内リズムで、メラトニンなどのホルモンなども、時間によって身体のなかに放出される量が違ってきます。

図1:体温と記憶効率のリズム
図1:体温と記憶効率のリズム

そこで、重要なポイント。体温の高いときに、勉強などの頭脳作業をしたほうがよい、ということです。起きたばかりの時間帯は、まだ脳が目覚めていないですし、身体も動く準備ができていないのです。朝活を効果的に行なうためには、勉強開始の最低1時間前には起きていないといけません。
ということで、体温の下がっている夜も、学習には向いていません。寝る直前は、脳も身体もクールダウンに入る時間帯です。また、夜はほかの刺激がシャットアウトされる時間帯でもあるので、勉強をするなら単純暗記やアイデア考想など、あまり根を詰めない内容がいいでしょう。

3-2.睡眠を重視する

睡眠は、記憶や学習にとって重要であることが脳科学的に明らかになっています。徹夜明けの学習は、効率も悪いですし、脳の海馬という記憶の貯蔵庫がダメージをうけることがわかってきました。寝不足で勉強をしていても、効率は上がりません。
これは意外に知られていないのですが、勉強のあとの睡眠も大切です。日中に勉強して憶えた知識は、睡眠中に定着、固定されることもわかってきているのです。特に深い睡眠中に、大脳(主に前頭葉)と海馬とが情報交換を行なっています。海馬の短期記憶を大脳の長期記憶に変換する作業が、深い睡眠のまっただ中で行なわれているのです。“さあ、今日はよく勉強した。今晩は徹夜で飲み会だ!”では、せっかく勉強した内容が脳に固定されず、ムダになってしまうかもしれません。学習の前後の睡眠は、脳科学的にも重要なのです。
睡眠不足が積もり積もると、うつ病になる危険性も高まります。うつ病の発症前に不眠が見られる割合は50%弱と約半数に近い数値です。睡眠不足に対する抵抗力も個人差があるので、睡眠不足を押して無謀な勉強計画を立てていると、心身の不調が生じてくるかもしれません。
また、睡眠時間には個人差があります。週末に2時間以上寝坊する人は、睡眠不足の可能性があります。自分の適切な睡眠時間を知ることも大切です。自分の適切な睡眠時間を起床時刻から天引きして、寝る時刻を決めることです。「この時間までに寝ないと」という、デッドラインを設けて、集中力を高めるのです。

3-3.メリとハリをクッキリ、同じリズムで

最初に睡眠の話題を持ち出しましたが、良い睡眠のコツは、「日中の活動度、充実度を上げること」だと思います。うつ病の治療も、入院して生活リズムを改善するだけで、かなり良くなることもあります。

快眠のためにベッドや枕に凝ったり、冷房暖房の温度に敏感になる気持ちも、わかります。でももっと重要なのは、起きている間の過ごし方。
朝寝坊や1時間以上の昼寝は、夜の寝付きが悪くなります。夜もずっとパソコン画面で仕事、あるいは夜も蛍光灯で明るい部屋で過ごすのは、眠りのホルモンであるメラトニンの分泌を抑え、眠りを悪くしてしまいます。睡眠直前の夜食も、これから休もうとする胃や腸を活動させてしまうので、おすすめできません。コーヒーもカフェインが含まれるので、飲むならばカフェインフリーのものにすべきです。
夜に勉強をするならば、夜食を控え多少暗めの部屋で、教科書の通読や単純暗記がいいと思います。難解な問題を解いたりしていると、脳や自律神経の興奮度が上がってしまい、睡眠に悪影響が出てしまいます。また、寝る前の3時間前までに記憶するほうが、就寝直前に憶えたものよりも記憶定着効果が高いという研究結果があります。

朝の光は、うつ防止や夜間の快眠に効果的です。理想的には、朝の光を浴びて、仕事、勉強に取り組む。昼食後は、一時的に眠くなってしまう時間帯です。この対策としては、30分以内の昼寝が、効果的です。わずかな時間の昼寝で、午後の学習能力が取り戻せたという研究も多くあります。昼寝で、能率がもう一度朝のレベルに戻すことができるのです。「昼寝でもう一度朝活ができる」と言っても過言ではありません。

朝、昼、夕の生活リズムを、続けていくのが重要です。「仕組み化」して、習慣として脳とからだに染みつかせるのが効果的です。うつ病など心身の不安定なかたがもっとも嫌がるのは、変化です。逆に言えば、日々の過ごし方については、毎日同じ行事の繰り返しが、心身の安定につながるのです。有名なスポーツ選手やビジネスパーソンも、基本的生活リズムには、ブレはないはずですし、矯正法も知っていると思います。

4

うつ、やる気、不安のマネージメント

うつ病のかたにも、さまざまなパターンがあります。意欲が出ないタイプ、不安が強いタイプなど。「抗うつ薬は、どういう基準で選んでいるの?」という質問を受けますが、考え方は下の図に基づいています。

図2:ドーパミン・ノルアドレナリン・セロトニンの役割
図2:ドーパミン・ノルアドレナリン・セロトニンの役割

患者さんによって、「この人はノルアドレナリンのはたらきが少ないのかな」など、仮説を立てて薬剤を選んでいきます。この考え方は、記憶術、勉強法にも使えます。

4-1.「落ち込まない」=ドーパミン 勉強を楽しくする

茂木健一郎先生『脳を活かす勉強法』(PHP研究所,2007)でもおなじみの、ドーパミンです。ドーパミンは、快感の物質とされていて、活動が過剰に活発ですと幻覚まで生じさせる物質です。
勉強も最初はつらいものです。英熟語が頭に入らない、勉強がなかなかはかどらず苦しい、などなど。最初は試行錯誤の繰り返しです。しかし、努力のおかげで少しは点数が上がってきたとわかると、脳の側座核などの「報酬系」が働いて、ドーパミンが活発になります。そして、勉強が快楽と結びつき、ますます勉強したくなる。これが、茂木先生の「強化学習」理論です。

「苦」を通り越すと「楽」になるというシステムで、これを知っておくと最初の苦痛も「最初は仕方ない」と割り切ることができます。うまくいかないことがあっても、「楽」の力で「落ち込まない」ようになってきます。さらにドーパミンには重要な役割があります。「プラセボ」効果です。
「プラセボ」は、偽薬のことです。かかりつけの信用している医者から「よく効く睡眠薬ですよ」と言われて、偽のビタミン剤を渡されて飲んでも、本当に効いてしまう。逆に信用していない医者からの薬は、なにを飲んでも効いた気がしない。「逆プラセボ」効果もあります。精神科は患者さんとの相性が特に重要な科なので、このプラセボ効果は、特に重視しています。
「この目的、方法でいく!」という信念、「この方法であの人も成功した」という客観性があれば、プラセボ効果がプラスに働いてきます。自分の勉強目的や勉強法に疑念が生じてくると、「逆プラセボ効果」が出てきてしまいます。そうならないためにも、1章の「何のために?」が、重要なのです。

4-2.「やる気」=ノルアドレナリン 意欲を高める

「どうも今日はやる気がないなぁ」という時も、人間ならばだれしもあるはずです。こういうときは、注意力も散漫になります。やる気や注意・判断力は、ノルアドレナリンが関与していると言われています。
アドレナリンというと、興奮したときに活発になるイメージですが、ノルアドレナリンも同じように働きます。刺激に対して、「Fight or Flight」いわゆる「闘争か恐怖」かという反応を起こさせ、交感神経を刺激します。前から苦手な上司が近づいてくる、あいさつして正々堂々向き合うか、そのままスルーして逃げちゃうか、とにかくドキドキしてきた。そういう状況のときに活発になる、ストレスホルモンです。
ノルアドレナリンも、注意集中、意欲それに記憶に関係していることがわかってきています。緊張感なくダラダラやっていると学習効率が良くないのは、ノルアドレナリンが機能していないせいだと考えられます。

ノルアドレナリンを脳に出させるには、3つ方法があります。一つの方法は、「デッドライン効果」です。締め切りを設けてしまえば、緊張感がいやおうなしに生まれます。はっきりした締め切りがないときには、他人に公言してしまいましょう。「いつまでに○×を仕上げる」など。
二つ目の方法は、難しい問題に手こずるなど、「苦い経験」をすることです。インプットばかりの勉強ですと、どうしても「なんで憶えていないんだ!」という屈辱的な経験ができません。この悔しい感覚が、ノルアドレナリンを活性化します。アウトプットの重要性が叫ばれますが、この感覚は重要です。読むだけでなく、問題を解く、知らない人に説明する。失敗すれば恥をかいたりしますが、それを「強化学習」へのエネルギーに転換していけばいいのです。
最後は、整理整頓。机の上が乱雑では、注意集中を妨げます。ちょっとした内容を一時的に記憶しておく「ワーキングメモリー」という、パソコンのクリップボードのような脳の機能があります。これも物の整理ができていないとそちらにメモリを取られてしまい、「あれ、そんなこと聞いたっけ?」というミスも増えてしまいます。常に整理整頓をこころがける態度は、重要です。少しスランプかなと思ったら、デスクの上やカバン、パソコンの中身の整理をしてみましょう。

4-3.「不安」=セロトニン 不安、心配を逆に利用する

セロトニンは、不安や「気分が沈むなぁ」という抑うつ気分に関わっている神経伝達物質です。セロトニンの活動が減ってくると、不安が強くなり、抑うつ的になってきます。現在の抗うつ薬の主流であるSSRI(セロトニン再吸収阻害薬)は、神経のセロトニン濃度を高める作用があります。

仕事や家庭、友人、恋愛などの悩みごとがいつも頭に浮かんで、ほかのことがなかなか手がつかない。こんな状態では、勉強どころではありません。『TOEICテスト900点 TOEFL250点への王道』(杉村太郎,ダイヤモンド社, 2001)に、いい文章があります。「安定した精神状態が極めて重要である。ストレスがたまって悩んでいる状態、仕事やプライベートで不安を抱えている状態では暗記の脳みそは働かない。(中略)まず悩みの種をなくすか、考え方を変えて気分を切り替えることに時間を注ごう」の一節が、ゴシックで強調されています。精神科医としてもその通りだと思います。まずは、悩みごとというストレスを弱めることをしてみましょう。

友人に話してみるのも、ありきたりですが有効な方法です。他人に話すことで、自分の気持ちが再確認できます。他人が魔法のような解決法を伝授してくれるわけではありませんが、話すことは発散効果もあります。聞き上手な友人がいれば、言うことはありません。日々のイヤなこととそのときの自分の気持ちを1,2行書き留めていくのも、効果的です。大切なのは、後から見返してポジティヴになれるような内容を入れましょう。「部長に怒られたけど、あとで感謝するかもしれない」など。中傷は入れず、感謝の念の入れるのがよいとされています。Twitterなどで軽くグチるのもいいでしょう、わたしもたまにやっています。

さて、不安を勉強に逆利用することも可能です。原稿でもそうですが、締め切りギリギリにならないと手をつけないという経験は、だれしもあるはず。勉強も、本は買ったけどなかなか始められない。この「始める壁」を破るには、セロトニンの不安を使います。とにかく、「1ページだけ」始めてみるのです。実際に手を少しでもつけると、「やらないとまずいな」という不安が、頭に残ります。「やらないと落ち着かない」という感覚が生じてくるのです。のんびり屋のひとは、この不安とセロトニンの知識を持っておくといいと思います。

5

感じて、動いて、ふれ合う

5-1.声、香り、音楽、味覚を使いこなす

参考書からの勉強は、視覚からの情報が中心になりがちです。しかし人間の脳、こころは、視覚以外の情報刺激にも敏感です。五感で目以外といえば、耳、鼻、味覚、皮膚感覚ですが、勉強・記憶に使えそうな感覚は、耳と鼻です。

耳すなわち聴覚刺激は、語学のリスニングで効力を発揮します。この「聴く」勉強法については、まだわからない点が多いようです。語学では、とにかく聴きまくるのがコツでしょう。わたしも留学当初はほとんどネイティヴの英語が聴き取れませんでした。特にボストンでは、外人と言っても容赦はしてくれない厳しい土地柄でしたので、いきなり強烈な英語シャワーを浴びせられたわけです。しかし、不思議なことに半年ほどたつと、彼らがなにを言っているかわかるようになってきました。聴覚を使う勉強は、継続することで脳神経細胞をゆっくりと変化させ、聴き取れるようにしているのでしょう。

音楽を聴きながらの「ながら勉」がいいのか悪いのかも、よく議論されます。結論を言うと、本人の好みの音楽は、集中力を高めたり勉強のじゃまになるノイズを逆にキャンセルしてくれる効果があります。あまりに静かな空間よりも、カフェなど適度な雑音のあるほうが、集中できたという経験も頷けると思います。わたしも、ボサノヴァやクラシック、ジャズなど聴きながら執筆をしています。音楽には好みがあるでしょうが、逆にのめりこんでしまうような音楽は、逆効果でしょう。

香りも、実は勉強に使えます。アロマセラピーの知識です。柑橘系、レモンやグレープフルーツ、ベルガモットには、覚醒を促す効果があります。注意、集中力を維持するには、柑橘の力を借りるのも効果的です。ラベンダーやサンダルウッドは、睡眠のアロマです。睡眠薬よりもアロマのほうが安全性が高いので使っている高齢者施設もあるくらいです。最新の研究ですが、バラの香りをかぎながら記憶して、その日の夜睡眠中にバラの香りを漂わせると、記憶効率が上がったという研究結果があります。一度試されてみてはいかがでしょう。
味覚と記憶との関連性ははっきりしたものはないですが、ガムを噛みながらの勉強も、悪くないと思います。顎を動かすことは、脳を刺激することでもあります。アロマと共通しますが、ライム、ミントなどが脳の賦活作用があります。
五感を総動員するのは、実は人とのコミュニケーションです。これは、最後の章で説明しましょう。

5-2.運動を取り入れる

身体の健康維持はもちろん精神活動にとって、運動は非常に重要です。軽いうつ病では、いきなり抗うつ薬投与よりも軽い運動を推奨するガイドラインもあるくらいです。
運動が勉強にとってプラスになる利点は、二つあります。一つ目は、3.で書いた体内リズムが整えられること。二つ目は、4.で説明したセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンの活動度が高まります。

よく身体を動かした夜はよく眠れる。これは科学的にも事実です。適度な運動は、夜間の深い睡眠を増加させます。運動によって、メリハリがつきます。生活リズムがきちんとすることで、体内リズムも整ってくるのです。
運動の抗うつ、抗不安、集中力アップの作用も、見逃せません。運動によって前頭葉の活動が活性化し、セロトニンなどの神経伝達物質の活動が高まります。運動=抗うつ薬といってもいいくらいです。運動したあとのすっきりした状態で、思考作業や勉強に使うのが理想的です。

どの程度の運動をいつするかが多忙な現代人の問題です。基本は、体温が多少高まっているときに、無理のない強度の運動。起床直後や就寝直前は、体温レベルも低いためおすすめできません。脳も身体も予熱が必要なのにいきなり動かすのは、事故や不調につながります。現実的には、毎日通勤のときに歩く距離を多めに取る、休日は自分の都合のつく時間帯にジョギングなどを行なう、などでしょう。わたしも週1日はジムでランニングをするよう頑張っています。この勉強法のアイデアも、トレッドミルで走っている最中やそのあとの入浴中に思いついたものもあります。身体と脳、こころの健康維持のためにも、運動の重要性は強調しておきたいと思います。

5-3.コミュニケーション アウトプットと勉強会

五感を使うことを5-1で書きましたが、いちばん感覚を使うのはなんといっても他人とのコミュニケーションです。わたしは医学生や研修医を教える教育者でもありますが、人に教えるのがいちばんの勉強になるのは間違いありません。
コミュニケーションということでは、同じ目標をもった人が集まる勉強会がいい方法です。ハーバード大学医学部の医学生教育も、ミニグループによる自主勉強が主体です。一日朝から晩まで講義を聴いている形式は、居眠りばかりで自発性も奪ってしまうので、なるべく減らす傾向です。
勉強会では、議論が生まれます。自分では気づかない他人の疑問点も、知ることができます。また、他人に教える、あるいはわかりやすく説明するスキルも必要になります。プレゼンテーション能力といったアウトプットも、必然的に生まれてくるのです。

「教える」ことの難しさは、池上彰さんのベストセラー『伝える力』(PHPビジネス新書, 2007)を読めば納得できます。池上さんは子どもに教える苦労と難しさを経験して、学んできました。まったく知らない人に説明することがうまくいったら、それは本当に勉強が結果として身についたということだと思います。
しかし、独習の時間も大切です。他人とのコミュニケーションを一時的に絶って、沈思黙考したり暗記に励むことも必要です。ハーバード大学医学部でも、自習時間を充分に確保しています。移動などコマギレ時間を、独習時間に使うといいでしょう。

6

おわりに

勉強法、記憶術の本は、無数にあるといっていいくらいです。すべてをマネる、取り入れるわけにはいきません。重要なのは、自分の特徴、状態をよく知ることです。「東大でいちばん」「1分間でラクラク」「効率が200%アップ!」といった勉強法は魅力的です。しかし、自分に応用できるところとできないところとは、見極めないといけません。
最後に、わたしの大学の先輩である鎌田實先生の『あきらめない』(集英社, 2003)の言葉をあげたいと思います。勉強には苦労を伴いますが、うれしい結果や人とのつながりも体験できます。日々忙しくストレスも多いかたがほとんどだと思いますが、肩肘張らずゆる~く、でもあきらめないというスタンスが、うつ社会を生き抜く知恵だと思います。

<著書紹介>

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脳を休める -脳科学と睡眠の新しい常識-
[著] 西多昌規
[出版社] ファーストプレス
[定価] 1,365円(税込)
[ISBN] 978-4-904336-37-3

今回のレポートを執筆いただいた、西多先生の著書です。
日々寄せられる悩みや相談をベースに、睡眠科学と脳科学に関する50の疑問に明快に答えます。

脳を休める -脳科学と睡眠の新しい常識-(ファーストプレス)
脳を休める -脳科学と睡眠の新しい常識-(ファーストプレス)
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