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Jリーグの経営哲学
〜 「国民の心身の健全な発達への寄与」を目指して 〜

2006年1月


財団法人 日本サッカー協会 キャプテン 川淵 三郎 氏 財団法人 日本サッカー協会
キャプテン 川淵 三郎 氏

千葉ゼロックス株式会社主催「2005 VIP Seminar」講演より抜粋
構成・文:X-Direct事務局

今や、すっかり市民権を得たJリーグ。その理念は、一部のチームだけが儲かって、プロサッカーをやっていればよい、というものではありません。経営危機を乗り越え、世界に冠たるJリーグを目指した経営哲学を、Jリーグの生みの親、川淵キャプテンが事例を交えながら語ります。

講演者プロフィール
1936年生まれ。2002年7月就任。
早稲田大学在学中から日本代表として活躍。ローマ・オリンピック予選、FIFAワールドカップ・チリ大会予選、東京・オリンピックなどに出場する。1980年には日本代表監督を務め、1988年に日本サッカーリーグ(Jリーグの前身)総務主事、日本サッカー協会(JFA)理事に就任。1991年より 社団法人日本プロサッカーリーグ理事長(チェアマン)、並行して1994年よりJFA副会長を務める。

コンセプト/考え方 事例
index
1 思い切ったプロ化が奏功したJリーグ
2 Jリーグの理念――行動、意思決定のよりどころ
3 トルシエとジーコのチームづくり
4 世界に冠たるJリーグを目指して
5 ボトムアップさせるためのトップダウン
1

思い切ったプロ化が奏功したJリーグ

この15年、日本のサッカーは、ものすごく様変わりしました。日本が初めてワールドカップに出場すると表明したのは1990年。国際サッカー連盟(FIFA)の会長が、「21世紀はアジアで」と言ったことがきっかけです。言外に「日本で」という意味を含んでいたのですが、当時の日本は、とても2002年のワールドカップを開催できる状況ではなかった。サッカー専用競技場はないし、とても弱い。観客動員数も年間で30〜40万人。

そこで思い切ってプロ化を検討し、紆余曲折しながらも、Jリーグを立ち上げたんです。2002年のワールドカップのとき、15,000人収容のサッカー専用競技場は21になり、ワールドカップ開催に必要な「40,000人収容できて、2/3以上が屋根に覆われているスタジアム」も12。観客動員数は、年間700〜800万人となりました。

2

Jリーグの理念――行動、意思決定のよりどころ

初めはブームで、どこまで大きくなるかわかりませんでしたが、いずれブームはなくなるだろうと、最初から理念を掲げていました。

Jリーグの理念

特に重要なのが、2番目。中でも「国民の心身の健全な発達への寄与」という部分が大切なんです。その地域に行けば、だれもが能力に応じて、それなりの指導者について、スポーツが楽しめる施設づくり。

1998年に、マリノスとフリューゲルスの合併問題があって、チーム数を減らすという案がでました。チーム数をどんどん増やすから試合が薄くなって、面白くなくなるんだ、だから12チームぐらいで再編成すべきなんだ、と。このとき、僕はもう烈火のごとく怒りましたよ。

基本的にJリーグは、一部のチームだけが儲かって、プロサッカーをやってりゃいいというわけではないんです。地域に根ざしたスポーツクラブを全国各地に作って、地域の人たちがそれを見ながら、スポーツクラブをどんどん増やしていく――そういういいサンプルを作るために、サッカー界がJリーグを作ったのに、なんで12なのか。少ないチームだけが我が春をおう歌していいのか。何のために理念があるんだと、僕は本当に怒りましたよ。

Jリーグの理念は、いろいろな難しい問題が起きたときの、僕の最後のよりどころだったんです。これなくしてJリーグの存続はありえない、意味はない。これを伝えていくことが、Jリーグの発達につながるし、共鳴してくれる人も増えていくのだ、と。

マリノスとフリューゲルスの合併問題のときに、身の丈に合った経営を徹底しました。皆さんにしてみれば当たり前の話でしょうが、Jリーグの収入は1クラブあたり5億円もあればいいかな、なんて思っていたら平均で25億円。いきなり予想以上の収入を得てしまったものだから、選手の年俸をむちゃくちゃ上げた。で、観客動員が落ちて、ロイヤルティーも減ったときに、選手の年俸をそのまま維持してしまった。経営というものを十分理解してクラブ経営ができていなかったから、経営危機を迎えてしまったんです。

この経営危機に、五つの施策を出しました。経営の透明性や、株主の多様性、クラブ運営の一番中心となるゼネラルマネジャーのセミナー開催など。こうした身の丈に合った経営を本当に徹底していっただけで、選手の年俸が収入に見合った形となり、いろいろなものの考え方も前向きになって、30チームのうち二十数チームがほとんど通期で黒字となり、安定したんです。

こういう転機があったからこそ、Jリーグそのものが経営的に安定するようになったといえます。しかし、その前段には「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」という理念。これを常に念頭に置きながら行動を取ってきたことが、今のJリーグの発展につながっていっているのだと思います。

3

トルシエとジーコのチームづくり

トルシエ監督は、先進国から後進国にサッカーを教えてあげようという立場で来たんですね。だから、「黙っておれの言うことを聞け。おまえら考えんでいい」と接することになる。選手は、戸惑ったわけですよ。

トルシエのチームづくりは、彼の考えた組織の中に11人の選手をどうあてこんでいくか、というもの。ワールドカップでベスト16という成果をあげましたが、課題もあった。例えば、中村俊輔のポジションには「中田がいるから、おまえのポジションはこっちだ」。で、そのポジションは守備が必須だが、「中村は守備ができないから」と、最終的に俊輔は落とされたんです。組織を考えて、そこにどう人をはめ込んでいくかというやり方からすると、仕方なかったのかもしれない。しかし、俊輔のような、フリーキックやクリエイティビティーのあるパスを出す選手を、どうチームの中で活動させるかという点で、もの足りなさがあったわけですね。

システムで戦うと、相手に読まれやすいわけですよ、どう出てくるかっていうのを。その同じやり方が2006年のドイツワールドカップでも通用するとは絶対思えない。ヨーロッパや南米あたりの一流の強いチームと同じ組になる可能性がある。何をやるか分からないチームにならないとだめだ。そういう特徴を生かすならば、ジーコを置いてほかにないということで、ジーコに決めたんです。

ジーコ就任当時、日本じゅう大歓迎でした。素晴らしい、面白い試合が見られるだろうと。しかし、なかなかうまくいかない。なんか面白くない、ジーコ替えろ、とすぐにジーコ更迭論が出はじめた。

ジーコは世界的な素晴らしいスター選手でしたから、初めは、カリスマ性があって、日本の選手の中でもポジションが高かったんです。すごい、すごいと言った割に、トルシエとやり方が違うので、選手もどうしていいかわからなくなった。トルシエは狭い範囲内で「ああやれ、こうやれ」と指示しますので、選手が自由にやれる範囲はすごく少ない。一方、ジーコは「自由にやってください」というやり方。こういうときはもっと細かく指示が欲しいとか何とかって、選手がこぼしながら、何となくジーコに対するカリスマ度が落ちていった。でも、ジーコは、決して選手の悪口は言いませんでした。

そして、皆さんご存じの中国で、罵詈雑言のひどい仕打ちを受けながら、本当に苦労してアジアカップで優勝し、ワールドカップ予選も苦労を重ねながら、ようやくワールドカップ出場が決まった。このときに、初めて選手が監督に信頼を持ったんですよ。我慢しながら、選手の成長を待ち、ようやくジーコの選手に対する信頼と敬意というものに、チームが報いられるようになった。こうして選手自身が自ら考えて、代表チームをさらに強くしていくんだと思います。

4

世界に冠たるJリーグを目指して

シーリング・エフェクトという言葉があります。あまりいい言葉じゃないんですが、天井効果。

図:シーリング・エフェクト(天井効果)
図:シーリング・エフェクト(天井効果)

たくさんいる選手の中で、天井に遠い選手ほど、どんどん伸びる。ところが、天井に近い人は、よほど高いイメージ、よほど強い向上意欲を持たないと、全部下がってしまうんですよ。Jリーグでも、J2に落ちたチームは初めの10試合ぐらいは連勝して、やっぱり、もとJ1のチームは強いなと。しかし、10試合ぐらい済んだ後から、負けだすんですよ。これは明らかにシーリング・エフェクトが効いて、下にいってしまうんです。

そういう意味で、日本のトップの選手は、できるだけヨーロッパのトップリーグでやってほしいと思います。その選手たちのレベルを上げることが、日本のサッカー界、日本代表チームのレベルアップにつながるわけです。Jリーグからヨーロッパのトップリーグに今10人ぐらいしか行っていませんが、これから15人、20人と行くようになり、この中からレギュラーの選手が大半を占めるようになり、そして年とって、Jリーグでまた終わりの2、3年サッカーをする――このサイクルが回ったときこそ、世界に冠たるJリーグといわれるようになると思いますね。

ワールドカップでベスト16に入ったときに、「開催国の責を果たしたから、よかった」とトルシエは思った。トルコ戦で、それまで使ったことのない西沢をいきなりトップに据えて、三都主と一緒にツートップにしたり、メンバーをいじくって、選手自身もこんなもんかっていうことで、ほとんど何もできずに1対0で終わってしまった。これもシーリング・エフェクトが効いてしまったんです。

それに対して、韓国のヒディング監督はベスト16に残ったときに、「このままじゃ、われわれのチームはもの足りない。もっと上を目指すんだ」と、ものすごいハッパをかけた。そして、ベスト4になった。

指導者の発言や行動は、チームの戦う力、免疫性をどう高めるか、そういったところにもつながっていくと思うんですね。その良い例が、アテネオリンピックのとき。日本の選手が全員、ひどい下痢になって、山本監督が選手を見て回った。もし僕がそこにいたら、「今は治すことが大事なんだから、今日の試合のことは忘れて、ともかく治すように。日本に帰ったら、次、頑張ろうな」ぐらいのことを言いますね。ところが、山本監督は、「すぐに治せ。1時間以内に治せ。試合に出なくて帰れると思ってんのか」と、一人ひとりの選手に叱咤激励したらしいですよ。

僕のような言い方をしたら、もういいんだと、選手は安心して、心が砕けちゃったでしょう。しかし、山本監督は、モチベーションを上に持ち上げた。これは免疫性を高めるとことにつながるわけですよ。僕のは免疫を下げていいよ、と言ったのと同じなんですね。このように、指導者の発言一つで、全体の動きが大きく変わるのです。

5

ボトムアップさせるためのトップダウン

今、47都道府県に対して日本のサッカーの活性化、改革を行なっています。今までのサッカー協会は、みんなのコンセンサスを得て、一斉にやろうというやり方だったんですが、時間がかかって仕方ない。一つのものができるまでに2、3年はかかってしまう。ですから、僕の場合は全部トップダウンです。

例えば、女子サッカーの活性化、中学生年代の活性化、キッズプログラムの活性化など、10項目からなるキャプテンズ・ミッションをだした。各都道府県協会がきちんと計画をし、我々が承認すれば、予算を出す、というものです。一番進んでいる北海道と山梨県が、前年に1,500万円の予算を獲得したわけですが、これを見て、それぞれが「うちもやらなきゃ」となり、今、取り組んでいないところは一つもありません。だから、一つひとつ全部同意を得て、一斉にやることよりも、やりたいところだけ上に引っ張ることで、全体の底上げが絶対に早くなるという確信のもとにやっています。

このときに大事なのがボトムアップ。今まで日本サッカー協会が地方の協会を訪問することは、ほとんどなかったんです。それも、会長が行くようなことはない。専務理事ぐらいが行くと、夜の酒の席で、「おまえらの言うこと聞いてやるよ」と、上から見下げた格好だったのが、今は、年に6回ぐらい若い部長が行っています。向こうのほうが大体年上ですので、見下ろして言ってくれる。これ、すごくありがたいんですよ。

僕が常に言うのは、「草の根の考えを常に取り入れろ」「草の根の目線に立て」ということです。今、みんながボトムアップをし始めて、トップダウンとボトムアップで全体が動き出した。今まで、現場は質問もしないし、意見も言わないし、言ったって、どうなるもんじゃないと、しらけムードだったのが、今は、言わなきゃ損という感じですね。

トップダウンが絶対だとは思いませんが、少なくともボトムアップさせるためのトップダウンという位置づけで僕はやっています。それが今、成功しているのかなと。全国47の都道府県を動かすエネルギーさえあれば、こういうやり方のほうが改革のほうへ早く進むというように思っています。

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