FUJI XEROX SUPER CUP 2019
スペシャルインタビュー

長澤和輝とFUJI XEROX SUPER CUPの不思議な縁。 このタイトルに懸ける気持ちは、すごく強い

浦和デビュー直前に感じた「縁」

2017年2月18日、日産スタジアム。鹿島アントラーズと戦ったFUJI XEROX SUPER CUP 2017の後半19分、ベンチスタートだった長澤和輝に交代出場が命じられる。準備を整え、ピッチ脇で出番を待つ間、大会特別協賛社の看板が目に入った。そのとき長澤は、浦和レッズでの公式戦デビューという緊張感よりも、富士ゼロックスとの不思議な「縁」を感じていた。

0-2とリードされる中、長澤がピッチに登場すると、浦和の攻撃にリズムとテンポが生まれた。最後は守備陣の連携ミスによって勝ち越しゴールを奪われ敗れたが、間違いなく背番号15が、一時同点に追いつく原動力になっていた。

組織を輝かせるために、チームを勝たせるために、自分がやるべきことは何か。浦和レッズで2シーズン目を終えた長澤の言葉に耳を傾けると、彼のプロとしての矜持が見えてくる。

「僕の親友が、富士ゼロックスさんで働いているんです。彼から、現取締役社長である玉井光一さんの話を聞きました。技術畑出身の玉井さんは、例えば複合機をぱっと見ただけで、頭の中にその構造を描ける。それだけ製品へのこだわりを持った方だと。玉井さんは、社員のみなさんによく『プロフェッショナルとは何か?』と問うそうです。その話を聞いて以来、僕自身も、サッカー選手としてのプロフェッショナリズムとは何かを考えるようになりました」

「サッカーは11人でやるスポーツなので、チームの状況、仲間、いろんな環境がマッチしなければ勝てません。その中でも、ドイツ2部のクラブに移籍して1年目で2部リーグで優勝することができた。浦和でも2つのタイトルを獲得できたのは、サッカー選手として貴重な経験でした。ただ、まだまだハングリーでいなければならない。浦和レッズとは、常にタイトルにこだわり続けなければいけないチームです。もちろん個人としてのアピールもしたいですけど、やっぱりチームとして結果を出したい

特に今年は、シーズンの最初からオズワルド・オリヴェイラ監督とともに戦える。彼はすごく規律を重んじる監督で、例えば攻守の切り替えや、スローインやコーナーキックなど、本当に細かい部分が勝敗を分けるということを選手に伝えてくれます。実際にオリヴェイラ監督が指揮を執るようになって、セットプレーからの得点は格段に増えました。彼の指導の良さがチームに出ていると感じますし、今年は次のフェーズに入ると思います。彼が思い描くサッカーを体現したいですね」

ドイツでの経験を活かすコミュニケーション術

チームを強くするために、チームを勝たせるために行動する。長澤がそんなプロフェッショナリズムを示すのは、ピッチの中だけではない。クラブハウスで、ロッカールームで、国籍を問わず、彼は新たにチームに加わった選手たちに、積極的に話しかける。昨シーズンは、ブラジル人のマウリシオやファブリシオと談笑する姿がたびたび見られた、その背景には、専修大学卒業後、すぐにドイツのクラブへ加入した自身の経験がある。

「僕はドイツ語をほとんど話せない状況で、チームに入りました。新しく入った選手が、やりづらさを感じたり、なかなか馴染めない気持ちは理解しています」

長澤はドイツのクラブに正式加入する前に、2週間の練習参加を経験している。当初は通訳がつくはずだったが、直前になって1人で参加することに。練習中、パスを要求することはできても、チームメイトになかなか意図は伝わらず。体調不良も重なり、自分をアピールできない悔しさと不安を抱えたまま、14日間の日程を終えた。

「あの経験があったからこそ、既存の選手が積極的に新加入選手にコミュニケーションを図って、距離を縮めることは必要だと考えるようになりました。特に僕は、年齢的にもベテランと若手の中間にいます。若い選手とも話が合いますし、年齢が上の選手にもどんどん絡んでいこうと思っていますね」

早稲田大学大学院受験という新たな挑戦

長澤は2015年12月に日本へ復帰し、ジェフユナイテッド千葉への期限付き移籍を経て、浦和で2シーズンを過ごしてきた。大学卒業と同時に欧州挑戦、それからJリーグに身を置くという稀有な経験を積んだことで、見えてきたものがある。

「学生時代は、自分が身を置いている環境の中だけでサッカーをやって、視野を広げる機会はなかなかありませんでした。海外や、浦和のようなビッグクラブでのプレーを経験したことで、すごく視野も広がっていると感じます。プレーの面でも、フィジカルコンタクトの強いドイツと比べて、日本には本当に巧い選手が多いですし、狭いエリアの中でボールを動かす能力が高い選手がそろっている。本当に細かいところにまでこだわるという意味では、プロフェッショナリズムを感じますね」

サッカー選手として、1人の社会人として、自分自身の幅を広げるために、常に意欲的なチャレンジを続けてきた。昨年10月には、早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科に合格。スポーツビジネスを専門としている平田竹男教授の研究室で学んでいる。

「まだテーマを決めて自己分析している段階ですけど、もともと勉強したいという意欲はありましたし、僕自身がプロサッカー選手として経験した良い情報を、しっかりと若い選手に伝えたいという思いで受験しました。
例えばフィジカルコンディションの調整について。若い頃の僕は、自分のフィーリングだけでコンディションを調整していました。でも、オリヴェイラ監督とブラジル人スタッフのコンディションの上げ方は、僕が知っている日本式の方法とは大きく違います。いろんなデータを取って、選手の疲労度を知り、それに基づいてコンディションを上げていく。客観的なデータや数字を見られることは、選手としてもすごく勉強になっています」

“恩人”中村憲剛&小林悠を封じるために

長澤はあの鹿島戦以来、浦和のユニフォームを着て公式戦58試合を戦ってきた。

あれから2年――。2019年2月16日、再びFUJI XEROX SUPER CUP 2019のピッチに立つ。

「僕は八千代高校時代に、富士ゼロックスさんが協賛してくださっている全国大会に出場するチャンスをいただきましたし、浦和でのデビューもFUJI XEROX SUPER CUP 2017でした。僕にとっては、すごく大切な位置づけの大会ですし、天皇杯王者として、このタイトルに懸ける気持ちは、すごく強いです」

相手は、川崎フロンターレ。長澤自身、「今、日本で一番強い」と感じるチームだ。

「どの選手も本当に技術が高いです。彼らは『自分たちの感覚でサッカーをやれば、浦和を崩せる』というイメージを持っていると思います。ただし、僕らも川崎の攻撃に対する守備はすごく研究していますし、ボールを奪ってからの攻撃へのつなげ方についても、練習から意識しています」

川崎Fの日本一強力な攻撃を封じるために、長澤が最も警戒するのが中村憲剛と小林悠のホットラインである。この2人は、彼にとっての“恩人”でもある。

「実は専修大時代の2013年、川崎フロンターレの宮崎キャンプに参加させてもらったとき、宿舎の同部屋だったのが中村選手と小林選手だったんです。その後も中村選手の自宅に招いてもらったり、本当にお世話になりました。プレーの面でも、たくさん勉強させてもらいましたし、今でも参考になります。

ただし、中村選手は同じポジションのライバルでもあります。中村選手から小林選手へのパスは、フロンターレの生命線とも言えますし、そこを抑えるのも僕の仕事だと思っています。リスペクトと感謝の気持ちとともに、対抗心を抱いて戦いたいですね」

この2年で、プレーヤーとして、人間としての幅を広げた。きっと長澤の頭の中には、2月16日の埼玉スタジアム2002で勝つためのイメージが、描けている。

(文・松本宣昭)

外資系金融機関の執行役員だった木村正明はなぜJリーグの専務理事へ辿り着いたのか

Jリーガーからスポーツジャーナリストへ 中西哲生が語る 己を知り、人生を切り拓く セカンドキャリアとは?

元Jリーガーで起業家が力強く歩む第二の人生 人生を賭けてやるだけの価値 鈴木啓太が語る経営哲学

全タイトル制覇に向けた小林悠の断固たる決意表明 まずはFUJI XEROX SUPER CUPを獲る