FUJI XEROX SUPER CUP 2019
スペシャルインタビュー

元Jリーガーで起業家が力強く歩む第二の人生 人生を賭けてやるだけの価値 鈴木啓太が語る経営哲学

何よりも“やりたいこと„がある

鈴木啓太、37歳。かつてスタンドを沸かせた浦和レッズの闘将が力強く第二の人生を歩んでいる。指導者やスポーツジャーナリストではない。ベンチャー企業の代表取締役だ。プロのサッカー選手から起業家へ転身を遂げたのである。理由は単純明快。やりたいことがあったからだ。

「選手時代を通じて最も大切だと実感したのがコンディショニングでした。いかに身体の調子を整えて、パフォーマンスの向上につなげるか。第二の人生に向けてコンディショニングに関することを事業にできないだろうか、と思案しました」

2015年末に現役を退いたのも健康上の理由からだ。不整脈である。薬を服用しながらプレーを続けたが、100%の状態ではできない。それは全力プレーを常とする鈴木の信条に反することだった。そこでキャリアにピリオドを打つ決断を下した。

現役時代、コンディショニングにおいて最も心を砕いてきたのが“腹の状態„だった。子どもの頃から母親に「人間の身体は腸がすごく大事」と言われ続けた影響もあり、高校時代から腸内細菌のサプリメントまで飲んでいたという。

「調子が良くないと感じる時は、たいてい、お腹の状態も思わしくない。便って“お便り„って書きますよね。つまり、身体の調子を伝える自分からのお便りだと。日本語には“はらわた„を使った慣用句が数多くある。腑に落ちるとか。いかにお腹の調子が大切かという視点が日本の言葉や文化に息づいているんです」

そうした背景からお腹(腸)の状態に関する事業を展開し、プロのサッカー選手を含めた未来のアスリートたちに役立つことをしたいと考えたという。それがAuB(オーブ)株式会社の設立につながった。腸内フローラ(細菌叢)の解析による、アスリートの体調管理や競技力向上の支援を目的とし、腸内フローラに関する研究成果をもとに、さまざまな事業をおこなっていく新しいビジネスだ。

「引退する際、指導者を含め、いろいろな選択肢があったと思いますけど、何よりも、この事業がやりたいことでした。大変なことのほうが多いですけど、やりがいを感じています」

考えるよりも先に行動

鈴木自身、研究者でもなければ、経営の専門家でもない。当初は何にどれくらいコストがかかるか、その計算さえ分からなかった。ただ、本人によれば「やり方を知っていたら、逆に挑戦できなかったかもしれない」という。大変なことばかりだからだ。

「この事業にどれくらいの時間を割けるかとか、いっさい考えなかったですね。“やりたいからやる„それだけでした。“どうやったらできるのか„それを走りながら一つひとつ考え、ひたすら実行と修正を繰り返す。いまでも、そうですよ」

何よりもまず、やりたいことがあり、それさえ決まれば、あとは“考えるよりも先に行動„というスタンスだ。そもそも事業化へのきっかけも、同じスタンスから生まれていた。

「不思議なもので普段から『やりたい』と口にしていると、出会いがあるんです。知り合いのトレーナーから『便を記録するアプリをつくった人がいる』という話を聞いて、すぐに会いに行きました。そこで同じことをアスリートにしてみたら面白いんじゃないかという話になって……いっそ会社をつくっちゃおうかと」

思い立ったが吉日である。運も実力のうち――いや、“行動力も実力のうち„だろうか。あと先考えずに行動したことで、いまがあった。正解がないものに挑戦している分、苦労は絶えない。それでも、人生を賭けてやるだけの価値がある。鈴木はそう思っているわけだ。

「僕がやらなくても、近い将来、必ず誰かがやること。だったら、他者に先駆けて自分がやろうと。サッカーを通じて学びましたからね。人生を賭けてやらないと、リターンもないということを」

いかに苦境を乗り越えるか

現役時代、心が折れそうになった経験が何度かある。2004年アテネで行われた世界的なスポーツの祭典の代表メンバーから漏れた時がそうだ。前年に開催されたアジア予選ではキャプテンとして奮闘。本大会への出場権獲得に大きく貢献しながら、本大会への出場がかなわなかった。そこから懸命に這い上がり、やがては日本を代表する選手にまで上り詰めている。自身の境遇に対する悔しさ、苛立ち、腹立たしさをいつも力に変えてきた。

「自分が成功したときの姿を想像する。それが原動力の一つでしたね。どんな世界が自分を待っているのだろうと。自分を奮い立たせる上で大きなモチベーションになりました」

周りの人たちも喜ばせたい。そんな思いも強力なテコになった。記憶がある。少年時代に初めて点を決めたときの母親の喜ぶ姿だ。それが“うまくなりたい„と自らを駆り立てた原点だという。

「本大会のメンバーから外れたのは自分自身ショックでしたけど、記者の方々も落ち込んでいた。応援してくれる人たちを悲しませてはいけないと思いましたね。いまは実力不足。じゃあ、どうするか。下手なら必死になって上手くなるしかない。シンプルですよ」

逆境を乗り越えるのは孤独な作業だ。苦しみの深さがどれほどのものか、他人には決して分からない。頼れるのは自分だけだ。そこで鈴木は“意味づけ„の重要性を説く。

「物事にはすべて意味がある。いや、実際に意味があるわけじゃなくて、それをどう意味づけるか。それが大切だと思うんです。たとえ自分で選んだ道が困難を極めても、間違いだったのではないか、ではなく“イエス„に変えるだけ。そもそも正解も間違いもない。僕自身はそう思ってやってきました」

起業家へ転じたいまも、そのスタンスは変わらない。周りからは“サッカー界の成功者„に見えても、それが第二の人生において何かを約束してくれるわけではないからだ。

「僕の人生はまだまだ続きますからね。人生の目的を達成するための手段は変わることもある。そこで自分の選んだ道を“イエス„と言えるかどうか。経営者としてはまだまだヒヨッコですけど、失敗は必ず良い経験になる。だからチャレンジし続けますよ。最終的にどう生きたかが重要ですから」

学びを得る双方向の関係

人生の目的を果たす上で変わったのは手段だけではない。立場もそうだ。いまは自分の決定で組織が動く。サッカーに例えれば“監督„である。それも鈴木にとっては未知の領域だ。ただ、そこで背伸びをすることなく、自然体で物事を進めてきた。

「サッカーでは、勝つという目的のために監督が責任をもって方針を定め、それに選手たちも従う。トップダウン方式ですね。でも、自分には“これだ„と言えるだけの知識も経験もない。責任者として決断はする。ただし、そのための材料をみんなで集めてきてほしいと。そういうスタンスですね」

周囲の声には積極的に耳を傾け、自分からも意見を投げかける。上意下達ではなく、双方向の関係だ。鈴木はそこにメリットを感じてもいる。独り善がりになって、あさっての方向に突き進むリスクを回避しやすいからだ。同時に“学び„も多いという。

「周りにいるのは僕が知らない分野のエキスパートばかり。日々、学ばせてもらっています。そもそも引退して起業したのも一度、外の世界に出て勉強したいと思ったからです。サッカー界を取り巻く環境とはどういうもので、そこからサッカー界はどう見えているのか。それを自分の目で確かめたかった」

もっと言えば、サッカー界をこれまで以上に価値のあるエンターテインメントへ高めていくには、どうするか。いまも鈴木の頭の中には、そうしたアジェンダが設定されている。将来的にサッカーへ戻りたい、と考えているからだ。

起業して分かるスポンサーの価値

外の世界に出て、あらためて実感したことがある。サッカー界がいかに多くの人々に支えられてきたか。ヒト、モノ、カネの調達に奔走する鈴木にとって、スポンサーのありがたみが骨身にしみるという。富士ゼロックスの存在も、いまは違って見える。

「経営者の立場からみれば、何億、何十億という資金を提供すること自体、どれだけ凄いことか。器の大きさ。その一言に尽きます。僕自身もスポーツ界に、ひいては社会全体に還元できるような仕事をしていきたいですね」

鈴木も浦和の一員としてFUJI XEROX SUPER CUPに3回出場した経験がある。ただ、この大会には長年、複雑な思いを抱いてきた。悔しさや嫉妬心をあおるものだったからだ。

「あの舞台に立てるのは前年度のチャンピオン(J1リーグと天皇杯の各王者)だけ。出場できない時の方がはるかに多かった。それがもう、悔しくて。ある種の嫉妬ですよ」

それだけに出場したときには高揚感があった。しかも、優勝候補同士の争い、かつ新シーズンの行方を占う一戦でもある。注目度が高く、独特の緊張感もある。さらには開幕1週間前の開催で「早く仕上げなければならない難しさもあった」という。

開催が目前に迫ったFUJI XEROX SUPER CUP 2019。明治安田生命J1リーグ王者の川崎フロンターレと争うのは、天皇杯を制した古巣浦和レッズだ。OBとして、どんな期待を抱いているのか。

「オリヴェイラ監督の色が濃くなってきたなと。勝負強さが出てきた。勝つことにフォーカスして戦えば、その強みが活きると思う。当日はスタジアムが満員になってほしいですね。何しろ新シーズンのお披露目。それを見逃す手はないでしょう」

そして、鈴木は最後にこんな夢を語っている。

「自社のサービスを利用した選手がこの大会で活躍する姿を見たいですね。それまで何年かかるかわかりませんが、富士ゼロックスさんにはこの先、30年、50年、100年とスポンサーを続けてほしいですね。僕はもう、この大会に出られませんから、若い世代に夢を託したいと思います」

果たして、夢がかなうのはいつなのか――。力強く語る鈴木の目を見ると、その日はそう遠くはないのかもしれない。

(文・北條聡)

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