リーダーシップの哲学。

オーストラリア代表のキャプテンとしてチームを率いてきた
ジョン・イールズとの対話

ラグビーのオーストラリア代表として数々の輝かしい実績を残したジョン・イールズ。キャプテンとして組織をまとめ上げ、チームを歴史的勝利へと導くなど、母国ではその名を知らない者はいないレジェンド的な存在である。引退後はビジネス界に身を転じ、現在、富士ゼロックス ドキュメント・マネジメント・ソリューションズにて社外取締役を務めている。
そんな「オーストラリアの英雄」と玉井光一(富士ゼロックス代表取締役社長)が語る、新時代の組織に求められるリーダーシップ論。伝説のラガーマン・イールズ独自の「組織の哲学」とは。

選手時代のジョン・イールズ(写真中央)
世界大会に3回出場し、2回優勝した選手は世界でも数えるほどしかいない。

ラグビーの苦しい経験があったからこそ
一人の選手からリーダーへと成長できた

玉井 イールズさん、富士ゼロックス本社へようこそ。最近ここ日本でもラグビー人気が高まっており、熱心なファンがとても増えているように感じます。ずいぶん昔のことになりますが、実は私も高校時代に器械体操をやっていて、国体の選手でした。もちろんラグビーの世界で数々の実績を築いてきたイールズさんのレベルに比べれば、足元にも及びませんが……。

イールズ 私もラグビーを始めるまではクリケットの選手でした。オーストラリアではクリケットもメジャーな種目なのですが、ラグビーが持っている「チーム一丸となって戦う」という部分に惹かれ、最終的にラグビーの選手になったんです。

玉井 そこからはメキメキと頭角をあらわし、オーストラリア代表として数々の輝かしい実績を残されましたね。

イールズ はい、最初に代表に選ばれた時は、チームが完成された状態でしたが、1996年に私がキャプテンになってからは、その後2年間、勝つこともあれば、負けることもあり、とても苦しい時期でした。

オーストラリア代表のリーダーとして責任を背負ってチームを率いた。(前列中央)

玉井 オーストラリア代表のキャプテンともなれば、おそらく大きなプレッシャーと戦われていたのでしょうね。

イールズ まさにプレッシャーとの戦いの日々でした。その時期に、私は多くのことを学びました。精神的にタフでなければならないこと、より努力をしなければならないこと、そして現状維持で満足せずにチャレンジし続けなければならないこと。プレーのスタイルや、試合前の準備方法も変えていかなければなりませんでした。そういうプロセスがあったからこそ、数々の重要な試合でも勝利を手にすることができ、一人の選手からリーダーへと成長できたのだと思います。

個人の力と組織の力とは

玉井 ラグビーにメンバーがいるように、会社にもメンバーがいます。その一人ひとりにそれぞれの能力と個性があって、それぞれチャレンジする目標が違ったものでなくてはならないと思っています。またそのハードルは、そのメンバーにとってある程度高いレベルのものを要求しなければならない。高い目標にチャレンジすることこそが彼らを成長させると思っています。

イールズ 同感です。キャプテンやコーチだけでなく、メンバーそれぞれのベストを引き出すことができるチームを創り上げることが成功の鍵だと思います。当時も、この人はこのポジションであればリーダーとしての能力を発揮できるなど、全員のベストを引き出し、それぞれの役割を見極めることが私の仕事だと考えていました。なぜなら、誰もが強みと弱みの両面を持っているからです。キャプテンを務めた時に数々の勝利を手にすることができたのもお互いに協力し合い、お互いのベストを引き出し合うことができる選手たち同士が集まるという最高の組み合わせがあったからだと思っています。

玉井 なるほど、よくわかります。私は常日頃、社員にこういうことを言っているんです。組織力の前に個人技も磨いておこう、と。個人技が磨かれてくると、自ずと組織力もあがってきます。それは、まさしくスポーツやラグビーの世界でも一緒なのではないでしょうか。

イールズ はい。ラグビーでは、15人の選手がそれぞれ異なる役割を果たします。そして、その15人全員に共通するスキルも必要です。ラグビーのチームでは、全員が得意分野を持つスペシャリストであり、また同時にジェネラリストでもあるのです。

リーダーに必要な「冷静さ」

玉井 そうしたチームをまとめるためには、より適切なリーダーシップを発揮すべき局面も出てくるでしょうね。

イールズ はい。私のリーダーシップ論では、「冷静さ」を重要視しています。冷静さとは、大きなプレッシャーがある状態でもはっきりと物事を考え、良いときに調子に乗り過ぎず、悪いときにパニックに陥らない能力のこと。そして、明確なビジョンを持って意思決定ができる能力のことです。
また、リーダーが冷静な状態でいられるためには、3つの「信頼」が必要です。第1に、自分自身を信じること。第2に、チームメイトを信じること。そして第3に、戦略や計画を信じることです。
この3つへの信頼があれば、リーダーは冷静さを保つことができます。そのうちどれか1つでも欠けてしまうと、チームをリードできなくなります。自分を信頼することできなくなると、自信を失ってしまいます。チームメイトを信頼することができないと、なんでも自分一人でやろうとしてしまい、チームに混乱を引き起こします。戦略を信じることができないと、方向性を見失ってしまいます。

玉井 私もリーダーには“composure(冷静さ)”が必要であると思います。そういった意味では、いまの富士ゼロックスには、組織としてまだまだ発展途上な側面があるかもしれません。社員がそれぞれの立場で冷静なリーダーシップを発揮して、軸足がブレないマネジメントを実践することが必要だと思っています。

イールズ まさにそうですね。軸足がブレなければ、チームとして信頼関係を築くこともできます。リーダーの軸足がブレてしまうと、いろいろな局面でコロコロと方針が変わるチームになってしまう。コロコロと方針が変わることで、チームメイトたちからの信頼を犠牲にしてしまうのです。

玉井 今おっしゃった「3つの信頼」の話。そのすべてが完成されている企業というのは、なかなかないと思います。しかし、そういう方向に向けて組織を強くしていかなければなりませんね。

イールズ はい。これはまさに目標に向かうための終わりのない旅なのです。なぜなら、目的地に着いたと思ってしまうと、そこで成長が止まってしまうからです。これはいつまでも続く旅なのです。目的地に完全にたどり着ける組織というのは存在しません。「3つの信頼」を築く努力を、リーダーは常に続けなければなりません。

玉井 もちろん、企業がこれまでに培ってきた文化は大事にしなければならない。でも、仕組みは新しいものにどんどん変えていかなければならない。特に富士ゼロックスの場合は、意思決定のスピードに関する仕組みを大きく変えていかなければいけないと思っています。これは富士ゼロックスに限らず、たぶん日本中の多くの会社がそうでしょう。
私も、「意思決定にはスピードが重要」ということをずっと考えています。例えば過去、富士ゼロックスはスピードと意思決定の面でいくつか問題がありました。こうした部分で改善を行った結果、昨年と今年度で記録的な利益を達成することができました。
とはいえ、日本の大きな会社で意思決定のスピードを加速させるのは大変なことでもあります。この点について、心理学を専攻していたイールズさんはどのように考えておられますか?

イールズ 企業やチームが長い間、あるやり方でやってきて、そこにカルチャーができ上がっていると、今までのやり方を簡単に変えることはできません。
「さあ、これからは意思決定を早めるぞ」と呼びかけても、簡単にはいかないでしょう。まずは小さいところからはじめて、少しずつその変化に巻き込んでいくのです。心理学的にも言えることですが、大きな勝利を得る前に、まずどうやって小さな勝利を得るか、まずそこを教えなければならないのです。
その小さな勝利というのは、1つの商品の売上目標を、あるグループで達成するくらいのことかもしれません。そこから得た学びを、さらに次のグループ、さらに次のグループへと適用させていくのです。

試合終了前のラストワンプレーでペナルティーゴールを決めてニュージーランドに逆転勝利した2000年Bledisloe Cupの伝説のシーン。フォワードの選手としては珍しいキックの名手でもあった。キックをするときは、どのような大観衆の中でもボールの縫い目に集中して「冷静さ」を保つようにルーティンを持っていた。

玉井 そのとおりだと思いますね。イールズさんがおっしゃるように、小さい成功から少しずつ積み上げていくことが会社の成長にとって非常に大事です。
一般的に経営サイドは、これは大丈夫か、あれは大丈夫かというように、リスクや失敗を避け、さまざまな場面で決定までのプロセスを長くさせてしまいがちです。しかし、そのリスクを経営側が引き受けることこそが、トータルなスピードを加速させるはずだと私は思っています。

それぞれが最高のパフォーマンスを
発揮できる組織とは

イールズ その企業で働く人々が、それぞれのスキルの価値を認められ、リスペクトされていると感じる。企業はそういう環境とカルチャー、学べる場を作らなければなりませんね。また、そうした環境が作られている組織であれば、今度は社員の側に最高のパフォーマンスを発揮する責任があります。
そういう組織を作り上げていくのは決して簡単なことではありません。その意味でも、あらゆるレベルでリーダーを育てていくことが重要です。組織がものごとを成し遂げるためには、さまざまな局面でリーダーシップが発揮されることが不可欠ですから。

玉井 また、富士ゼロックスオーストラリアは、私どものアジアパシフィックの中で大きな売上をあげている重要な拠点でもあります。富士ゼロックス全社の環境改善の面や、企業文化を発展させるためにも、これからも世界的にも著名なイールズさんと共に、オーストラリアのビジネス市場においても存在感を出していきたいと考えています。

イールズ 歴史ある企業のビジネスに関わることができ、とても誇りに思っています。勝負ごとは「時には負ける」ものです。しかし、負けや失敗は早い段階でした方がいいのです。世界の偉大なスポーツの指導者たちの誰もが、その長いキャリアのなかで誰よりも多くの負けを経験しています。それと同時に、誰よりも多く勝ちの経験を得てもいる。たくさん負けたという経験の蓄積こそが、次の勝ちへと繋がっていくのです。
長い歴史のある企業であれば、厳しい時期を迎えることもあるでしょう。それを乗り越え、オーストラリアにおいても次のステージに進むために、これからも富士ゼロックス全社一丸となって取り組んでいければと思っています。