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ゼログラフィーの誕生

現在、デジタル複合機やレーザープリンターなどオフィスでのプリントに広く使われている電子写真技術(ゼログラフィー)は米国ゼロックスによって初めて実用化されました。ここでは、ゼログラフィーの発明から商品化に至るまでの歴史をご紹介します。

ゼログラフィーの発明

ゼログラフィーを発明したのはアメリカで特許の仕事をしていたC.F.カールソンです。彼の業務である特許の申請のためには、図面と仕様書のコピーが必要でした。ところが、当時は通常、手書きかタイプライターで転記するしかなかったため、大変な作業を伴いました。そこで、カールソンは仕事の合間に印刷や写真などの複写に関する調査研究を始めました。さらに、1934年ごろからは自分のアパートの台所に化学薬品やフラスコ、スライドなどを持ち込んで、自ら実験に取り組みました。

このような研究活動から、カールソンはゼログラフィー法を考案し、特許弁護士であった自らの手で最初のゼログラフィーに関する特許を申請しました。さらに基礎的な検討を続け、ついに1938年10月22日にはゼログラフィー方式の複写の実験に成功しました。

実験に取り組むカールソン実験に取り組むカールソン

ゼログラフィーでの最初の複写。日付と実験を行ったロングアイランドの地名ゼログラフィーでの最初の複写。日付と実験を行ったロングアイランドの地名

カールソンの最初の特許出願資料カールソンの最初の特許出願資料


ゼログラフィーの商品化

カールソンはゼログラフィーの基本原理を確立しましたが、これを実用性のある製品とするには多くの研究開発が必要でした。この研究開発を行ったのが、ハロイド社(後のゼロックス社)です。ハロイド社はカールソンが最初に複写の実験に成功してからちょうど10年後の1948年10月22日にゼログラフィー技術の公表を行いました。ゼログラフィーという名前もこの時に初めて名づけられました。この名前は、従来から存在した湿式複写方式と異なり、液体を使わないという特徴を持っていたため、「乾式」を意味するギリシャ語のゼロスにちなんだものです。

ハロイド社はその後も事務用の小型複写機の完成を目指し、1959年についに「Xerox 914」と呼ばれる事務用の小型複写機の開発に成功しました。「Xerox 914」の売上は飛躍的な成長を見せ、発売から3年後には売上が1億ドルを超えました。また、1961年には社名をゼロックスコーポレーションに変更しました。
「Xerox 914」は画期的な複写機でした。それまでの印刷方式と異なり、何からでも、何枚でもコピーがとれるという汎用性が極めて高いものでした。さらに、普通の紙に質の良いコピーが取れたと言う意味でも画期的でした。この「Xerox 914」の登場は情報の伝達に革命的な変化を与えました。

ゼロックスの複写機は日本では1962年から富士ゼロックスを通じて普及し始めました。これによりもたらされた変化は「オフィス革命」と呼ばれ、その後のオフィスワークに欠かせないものとなっていきました。

試作機をテストするカールソン(左)とJ.C.ウィルソン(右:ゼロックスコーポレーション)試作機をテストするカールソン(左)とJ.C.ウィルソン(右:ゼロックスコーポレーション)

複写機「Xerox 914」複写機「Xerox 914」


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