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製造業市場の獲得

富士ゼロックスが、1960年代後半から積極的に取り組んだエンジニアリング・マイクログラフィック(EM)、すなわち大型の図面用複写機にかかわる事業がありました。ここでは、収益に大きく貢献した「2080」の開発についてご紹介します。

事業拡大の苦しみ

富士ゼロックスは設立後まもなく、大手製造業や金融保険業界向けに大型の図面用複写機や事務用マイクロシステムを輸入販売していました。そして大型の図面用複写機の国産化も行っていましたが、商品開発は依然としてゼロックス社に頼っており、1970年代に入る頃から新商品の開発は中断した形となっていました。市場に多くの大手企業の顧客を抱え、競合商品が出現する中でこの分野の新商品開発をどう立て直すかという大きな課題に直面していました。

「2080」の開発

大型図面用複写機「2080」

こうした背景の中で、富士ゼロックスにとって大型図面用複写機における本格的な自主開発商品は、買い替え需要を控える市場をカバーするため立ち上げた「2080」開発のプロジェクトでした。しかし、開発に集められたのはわずか16名のメンバーしかいませんでしたが、目指す目標は大きいものでした。それは、A2サイズまでしかコピーできなかった従来商品ではカバーできない機械、建築、輸送機器などの市場ニーズに応えるために、最大A0原稿サイズからA1サイズのコピーが可能であり、45~141%の無段階縮小・拡大が可能、部分的な修正に役立つ未定着コピー機能、寸法再現性を高められる縮倍率の微調整機能、ロール紙にもカット紙にも対応といった製造業を中心とするプロたちの要求にかなう当時としては画期的な仕様を目標としていました。
無謀とも思われた目標性能でしたが、無段階縮小・拡大を可能にしたズームレンズの開発など関係会社の協力と開発体制の整備によって、すべての性能目標を達成し、「2080」は1978年に完成しました。1978年4月に「2080」の発表会が東京帝国ホテルで催され、集まった顧客やプレス関係者はいずれもその高性能に感嘆し、『「2080」1台あれば他社の機械は不要』と報じる業界紙まで現れました。

この「2080」は、市場が求めていた編集設計と出図用の機能をもっていたため、富士ゼロックスの収益に大きく貢献しました。また海外にも輸出されましたが、その意味でも大きな成果を上げたことになります。ゼロックス社は、早くからシステム機から撤退していたため、「2080」の性能をみて、これ以降ゼロックスグループの中で富士ゼロックスの商品がアメリカやヨーロッパでも販売されるようになり、次第に富士ゼロックスがこの分野の商品供給のリーダーシップを取るようになっていきました。